TOA 3
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「これお願いね!」
「カクテルグラスが足りないってさー!優先して洗える!?」
「今洗ってるよー!」
次々と運ばれる食器、陶器や硝子のぶつかり合う音。水飛沫。その中で飛び交う指示には敬語や遠慮などとっくに消えていた。短い言葉でやりとりし何とか不備なく磨いた食器を厨房へ提供。しかし一つの失敗が危うくも辛うじて取れていた均衡を簡単に壊す。
床でカシャンと鈍い嫌な音がした。
「きゃっ!す、すみません」
「片付けは後で!足元気を付けて作業するよ!」
「は、はい」
割ったのは未経験者であろう少女だ。すかさず年配の女性が助ける。近くにあった箒で破片をざっと退けると少女の足場は粗方確保できた。
自分の作業をしながらその場面を横で見ていたユナは息を一つ吐くと少女へ向き直した。
「大丈夫ですか?怪我していたらこれをどうぞ」
「あ、ありがとう」
濡れた手でだったが丁寧に絆創膏を少女の指に貼る。皆が心にゆとりがない中、あえてここでこの行動。正解だったかどうかはわからない。しかし今自分の行動を振り返って考える余裕もなかった。
「カクテルグラスまだー?」
「今出すよ!」
乾燥機と呼ばれる巨大な譜業。重たい蓋が開かれた。只でさえ熱気が籠る洗い場にモワモワと湯気が立つ。熱い熱いと小言を呟きながら小皿をトレイに並べて運ぼうとする仲間にユナは遮った。
「ま、待って下さい!」
「なんだい、早く出さないと!」
おそらく経験を重ねてきた年配の者にだ。意見をするには勇気がいった。
「冷たい料理お出しするなら冷やさないとダメです!」
「あ、あぁ。そうだね。確かに…でもどうしようね、急激に冷やしたら割れるよこれ」
「ゆっくり冷やすには時間がないし…私別の皿で代用できるか聞いてきます!」
「それが良いね!お願い」
パタパタと厨房へ向かうユナ。洗い場も厨房もまるで戦場のようだった。何が正しくて間違いなのか、いちいち考える時間はない。しかし失敗は許されない。
ただ、そこで働くもの達は最上のものを出したい気持ちで纏まっていた。
──宮殿で一番の栄華を誇る大広間。謁見の間は静かで無駄の無い洗練された造りに対して、こちらは贅を凝らした造りだ。宮廷音楽家の演奏が広間を彩り、鮮やかな
衣装の貴族が華となる。
中座していた皇帝が再び広間に入ると待ち望んでいたように皆がそこに注目する。いつもは緩やかな衣服を好む皇帝らしからぬ出で立ちだが流石に今日は威厳のある高貴な身なりだ。
そんなピオニーの隣には誰もが望むかたちでセレスティーヌがいた。
「セレスティーヌ様素敵だわ」
「やはり婚姻も間近ではありませんの?」
そんな噂を耳に入れ一番満足そうに笑みを浮かべるのは内務大臣だ。彼の目下の悩みが解消されんとする段階にいることがその顔から滲み出ていた。
そんなピオニーとセレスティーヌはジェイドを見つけ真っ直ぐに向かう。
「カーティス大佐。改めてこの度の勝利を心からお祝いしますわ」
セレスティーヌが礼に則って声をかけるとジェイドもまた同じように返した。
「これはこれはセレスティーヌ様。有り難き御言葉をいただき光栄にございます」
儀礼的に感じたピオニーが二人を茶化す。
「こちら未来の皇帝陛下セレスティーヌ様であるぞ。ジェイド頭が高ーい!」
「……」
「ピオニー、貴方もう酔ってますの?それに私が陛下って。とんでもない冗談ですわ」
「良いじゃん。かったるい挨拶回り。俺の代わりにセレスティーヌしてくれないか
な」
「まぁ!なんてこと」
ジェイドは眉間に皺を寄せて長くため息をついた。
「いつからお二人で夫婦漫才を?」
「ははっ」
「まぁ!カーティス大佐、わたくしは不服ですわよ、そんな言われよう」
「陛下は洒落にならない冗談がお好きですから。セレスティーヌ様も適当にあしらって結構です。
さぁどうぞご自由にパーティをお楽しみ下さい」
「ふふ、さすが同郷の幼馴染みですわ。
ではそう致しましょう」
セレスティーヌはくるりとドレスを翻し、ピオニーから離れていった。グラスを手に取ったり、他の貴族と談笑している。しばらくはそんな姿をピオニーとジェイドは見つめていた。
「……で、本当に洒落になりませんからね?」
「何をだ、ジェイド。怖いなぁどこまで読んだ」
「別に。そこまで深読みはしませんが、私がいない間に色々と変化があったようですね」
会場全体を見渡し、貴族や将校らを監察するジェイド。その中でもセレスティーヌ一派と伺える集団が活気を見せている。その周囲でしたり顔の内務大臣だ。推測するのは簡単であった。