TOA 1
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ユナを宮殿へ連れて帰ると決意したピオニーは足取り軽く孤児院へ向かったのだが、期待を裏切られる形となった。
「何!?ユナがいない?」
「えぇ、置き手紙があって。私には行き先も告げずただ感謝とさよならの言葉が書いてありました。
……あ、あの子はどこに行ったのでしょう!」
震えるスザンヌは子どもたちが寝静まるまでは気丈に振る舞っていたのだろう、二人の姿を見ると堰を切ったように泣き崩れた。
「しっかりしてくださいスザンヌさん。ユナさんは必ずお探ししてここへ連れて帰ります」
アスランがスザンヌを受け止めると、スザンヌは震える手でもうひとつの手紙を差し出した。
見ると封筒に「モグラさん」と書かれていた。
「……俺に、か」
以前はモグラさんと呼ばれていた事を思いだし、チクリと胸が痛んだが
感傷に浸る場合ではない。
急いで封を解くと、表書きとは逆の中身は皇帝へ向けた仰々しい言葉が書かれていた。
事情を知らないスザンヌを驚かせないよう配慮してあったのだ。
「な、中身は…行先など書いてありませんか?」
折角ユナがスザンヌに向けた配慮を
無駄にするべきでは無いと、ピオニーは詳細を省いて説明した。
「この件を自分一人の責任に感じ、大人しくエドガーの元へ行くと……。だいたいそんな内容だ」
再び激しく泣くスザンヌを兵に任し、ピオニーとアスランは慌ててエドガーの邸へ向かった。
「陛下、御手紙の内容を詳しくお聞かせ下さいませんか?」
「あぁ、見ても構わない」
アスランも緊張した面持ちで見る。中はエドガーがユナに明かしたメイジャー家とローゼン家の関係、そして ユナの父親は次男であり、三男のエドガーは血が繋がっていないという内容であった。
「血の繋がりが無くても婚姻が認められる訳がない!伯父と姪という関係ですよね?」
「あぁ、
だがユナは孤児だ。リタが出生を隠して守ってきた事を逆に利用しているんだ。
……どうしたらいい。知恵を貸してくれ、アスラン!」
「……もしリタさんに出生を認めてもらったとしても、エドガーは元々メイジャー家の血縁で無ければ家から出ればいいだけの事」
「あぁ、そうだな。
まるで結婚は逃れられないような仕組みだ」
「申し訳ありませんが、
やはり今はエドガーとユナを引き離す他ありません」
二人の乗る馬車はエドガーの屋敷の前に止まった。
「とりあえず、陛下が出ては騒ぎになりますので、ここでお待ちください」
「あぁ、よろしくな」
馬車に一人残されたピオニーは再び手紙を読み直した。
几帳面に真っ直ぐ書かれた字がユナらしいと思ったが、文面はやはりユナらしくない。
皇帝に向けられた、感情の読めない丁寧な言葉はチクリとピオニーの胸を傷つける。
(……そういえば、叩かれたりもしたな)
ピオニーは頬に触れると、自責の念に駈られた。
偽りの儚い関係は、何のために作り上げたのだろう。
もっと早く自分の権力を使ってユナを守っていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
「……出てきてくれ、
ユナ」
神を信じないピオニーは祈るなど無駄な行為であり、馬車から降りるとやはりアスランの後を追うことにした。
「いたか?」
「いえ、エドガーもここにはいないらしく、隠している様子もありませんでした。……もしかするとまだここに着いていなかったのでは?」
「女の子がこんな時間に街を彷徨くのも危険だ。早く探そう」
「そうですね」
再び道を引き返し明け方まで探したが、やはり見つかることはなかった。
ユナが消えたと知らないエドガーは、スタンのいる屋敷にいた。
「何!?陛下が出席したいと?」
「あぁ、俺にもよくわからないが突然そう仰るのだ。素直に喜んでいいのだろうか……我が家が再び地位を高める日が来たと!」
深く疑うこともせず、喜ぶ方へと考える兄のスタンを黙って見つめるエドガーの眼差しは軽蔑の色をしていた。
(やはり、あれは本物か……。
やっかいな者を敵にまわした。権力を使ってユナを奪われるか……行動を起こされる前にこちらに隠さねばならん)
「陛下が来るなら式の段取りは兄さんに任せるよ。兄さんにしかできない事だ。
ただ、場所は決めさせてくれ。どうしても挙げたい修道院があるんだ」
「あぁ!協力する」
今まで会話すらしなかった弟に頼られ気分を良くしたスタンは張り切っていた。
(面倒ごとを押し付けられ、喜ぶとはつくづく馬鹿な奴だ)
エドガーは兄に託し、もうすぐ夜が明けるグランコクマの街に出掛けた。