TOA 1
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ジェイド達はサラの体を休める為に一旦ケセドニアの宿に戻った。
血の気のない白い顔をしたサラと、ギースを宿に残してその他の部下と共に ジェイドは元から軍を敷いていた第五師団の将軍のところへ昨夜の報告をしに出掛けた。
「隊長、お見舞いだそうです。開けてもよろしいですか?」
ギースが扉越しに呼び掛けた。なんとなく予想がついたサラはため息まじりに返事した。
「あぁ」
中に入ってきたのは予想通りの人物で、サラは一度だけ目を向けるとすぐに読みかけの資料に戻した。
そしてまるで機械のように感情なく告げた。
「少佐、ご覧の通り大丈夫ですから見舞いなどいりませんよ」
「うわっ、顔白っ!
サラちゃんと食べてるか?偏食人間め、これ食べろ」
「……失礼ね!なによ、マルコは黒く焼けちゃって」
階級はずいぶん差がついてしまったが、マルコがあまりにも普通に接してくるのでサラもつい普段の言葉が出てきてしまった。
紙袋に入っていたものはサラの苦手なフルーツと干肉だ。嫌がらせかとも思ったが栄養補給にはちょうどいいと仕方なく手をつけた。
「大佐から聞いたぞ、マルコ大活躍じゃないの」
「はは、ありがとう。
無駄に焼けただけじゃないぞ、ちゃんと仕事こなしてこうなった」
腰に手をあてふんぞりかえるマルコを見て、彼の愛嬌に癒され、一瞬でも面倒だと思った自分を恥じた。
「お前の方もな、危険な任務だったろうによく頑張ったな」
「ありがとう。少しでも大佐の役に立ちたくて、ね。……マルコだってそうでしょ?」
「あぁ」
マルコは苦笑いで相槌を打った。サラがジェイドに尊敬以上の特別な思いを持っている事も、それが報われない思いである事も知っているからこそ心からの笑みは返せなかった。
「しかしコンタミネーションで隠すなんてよくできたな!お前まだ練習中だったろ?
一歩間違えれば死ぬぞ!?」
「……大佐の為なら死んでも構わないわ」
「またそんなことを…」
だからお前の思いは報われないのだ、と喉から出かかった言葉を飲み込んだ。
「わかってるわよ。私がこんな性格だから結局努力しても大佐のお側には置いてもらえないのよ。
……マルコの性格が羨ましいの。
でも、私は貴方のようにはなれない。
だから、命をかけて大佐をお守りしたいし、お役に立ちたいの。それが私なりの……」
……それが自分なりの最上級な愛情表現だ。
と、今まで思ってきてこれからも変わらない気持ちでいる決意はあった。
しかし、一度だけそんなサラが壊れた日があった。
ジェイドに口付けをされたあの夜のこと。
いつもと違う礼装で、少しアルコールが香るジェイドに、女として素直になれと唆された。
陥落した自分にまるでご褒美のように口付けをされたあの日を思い出せば、いつも決意が揺らぐ。
(大佐は人間らしい人間に興味を持ち、無意識的に好意を持つ。
マルコやギース……あの子のような。
面倒な様子をしていても結局私には見せない一面を見せるもの。間違いないわ)
では、努力して大佐の好みのタイプになろうかと思えばそうもできない嫌な性格が恨めしい……だから可愛くない女なのだと自嘲ぎみに笑った。
マルコはそんなサラの気持ちに寄り添うといつも胸が苦しくなるので、意識的に話を仕事に戻した。
「これからどう動くんだろうな、俺達。大佐はどうすると思う?」
「そうね、一度グランコクマに帰るのかしら?今ならまだあの子の結婚式に間に合うしエドガーを捕らえることができるわ」
鍛冶屋で会ったあの子。
名はユナと聞いた。
エドガーを殺させない為にと、影ながら手助けをする大佐に嫉妬もした。
私は軍人、あの子は一般人。自分の嫉妬は馬鹿らしいと自覚しているが全てあの夜から感情をコントロールするのが下手になっていた。
「俺はどう言われるかな。こちらにいるエドガーの兄を捕まえなきゃいけないと思うんだけど、気の毒でちょっと気が引けるんだよな」
「貴方の悪いところは情に流されるところよね。
ユナさんの父親だからでしょ?」
「違……わなくもないか。
そうかもしれない。知っていなければ、奥さんが亡くなられたとか、エドガーに利用されている事は気の毒と思わなかったかな」
「ふふ、皆あの子に夢中な様子で面白いわ」
笑っているが言葉に少し棘があるように気付いたマルコは内心驚いた。
言葉にしてサラに伝えるのは無粋であるため我慢するが、つい顔がニヤけた。
「……なによ?人の顔見て。笑いたいのはこっちよ」
「サラ、お前大佐の前でももっとこんな風に砕けた感じでいろよ。その方がいいよ」
その方がきっとうまくいく。嫉妬するサラが珍しく可愛いと思えたマルコだった。