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「では、失礼致しました」
玄関フロアで使用人達に挨拶をして外に出ようとするアスランに、先程部屋にいた婦人が階段上から声をかけた。
「お待ちください、フリングス将軍!」
長いドレスの裾を摘まんで螺旋階段をするすると降りてくるので、アスランは階段下まで出向き婦人に手を貸した。
「どうなさいました?」
「伝えたい事がございます。二人きりでお話できますか?」
「……では、軍事用で申し訳ありませんが馬車へご案内します」
辺りを見渡し馬車に二人で入ると、婦人はまず先程のルボルトの態度を詫びた。
「最近は穏やかな日々を過ごしていまして、エドガーの結婚も影で喜んでいたのです。
……まさか、リタ婦人のお孫だとは知りませんでしたから」
「失礼ですが、貴女はリタ婦人と伯爵の関係についてはご存知ですか?」
お互い緊張した面持ちで見つめあった。
どこまで腹の内を見せていいのか迷いもある。
もしも彼女の知らない事を迂闊に喋れば酷く傷付けてしまいかねない。
「えぇ。預言の事も知っていますわ。私がここに嫁いだのもそうですもの」
そう言って婦人は自ら黒髪をそっと撫でた。
ルボルトに利用されているのはローゼン家だけではなく、目の前の婦人もであったかと知ったアスランは絶句した。
「ご心配なさらないで下さいませ。私は全てを知った上でルボルトを愛して、そして今も幸せですわ」
アスランの表情を見て優しさを感じた婦人はにこりと微笑んで見せた。
「……ですが、若きルボルトの非道も知っております。
可哀想だったのはエドガーの母です。黒髪と黒い瞳を持つ彼女を無理矢理妾にし、産んだ子が違う容姿だったので腹を立てたルボルトが認知しなかったのです」
「その方は今も御健在ですか?」
「……いいえ。ルボルトの態度にショックを受けて自ら命をたたれました」
「……」
エドガーの執拗な恨みと復讐の理由が解けたアスランは、複雑な感情が芽生えた。
幼きエドガーも被害者だったのだ。……しかしだからと言ってエドガーの復讐にユナやリタを巻き込んでいい訳がない。
「その後は私が実の子と代わりなく育ててきたつもりでしたが……私も若かったのでしょう、やはり憎まれていたのですね。
責任は私にあります!
主人に変わって何でも協力させていただきます。
主人もきっと心の奥底では悔いを改めたいのではないか、と思っております」
「ありがとうございます。もしもの時は貴女にエドガーへの説得をお任せ致します。
……ですが、本来なら伯爵本人でないとエドガーの心は揺さぶれないでしょう」
「そうですね……エドガーの前に主人に説得を試みます。
明日までにはきっと、良い方向へ導きますように」
涙ながらに語った婦人を見ると偽りなく本心からの言葉だと信用できた。
話してくれた事に感謝はあるが、
しかし、あまり期待することなく半ば諦めたような気持ちでアスランは宮殿へ帰って行った。
──「おぅ、おかえり。どうだった?」
早速ピオニーを探すと先に声をかけられた。どうやらアスランを待っていた様子だ。
「陛下、申し訳ありませんがやはりルボルト自身には協力いただけそうにありません」
残念な顔をされるのを覚悟していたが、しかしピオニーは全く表情を変えなかった。
「だろうな!こっちもリタはあのままだ」
「そうですか」
アスランが逆に残念そうに項垂れるのでピオニーは笑いながら肩を叩いてやった。
「まぁ、そう落ち込むなって!
言ったろ?奥の手があるって。
俺の最終兵器じぃさんが協力してくれるってさ」
「……じぃさん、ですか?」
アスランはこんな状況でもやはり
自信に満ち溢れたいつものピオニーである。しかし言ってる意味のわからなさにアスランは目を丸くした。
「あぁ、お前がいない間に話はつけたさ。
事情を話したらめちゃくちゃ怒ってんだぜ?」
ピオニーがじぃさんと呼ぶ人物を思い出したアスランは納得した。
「我々が口を出すより昔をよく知る方に口を挟んでいただく方が、確かに賢明かもしれませんね」
「そうだ」
ピオニーはニヤリと笑う。
この皇帝が笑っている時は全てうまくいくときだ、と切羽詰まっている状況にもかかわらず希望を持てた。