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「あとは、明日の朝に生花を飾ればおしまいです!
ユナ様、お手伝いありがとうございました。では明日に備えて今夜はゆっくりお過ごしくださいませ」
「はい。お疲れ様でした」
明日の式に向けて自ら会場の準備を手伝ったユナは礼拝堂全体を見渡した。
真新しいキャンドルに磨きあげられた装飾品、白を基調としたファブリック。
それらは厳かであり清廉さを求められているような雰囲気だった。
作業をしている間は夢中で、暗い気持ちを忘れる事ができた。
しかしいざ出来上がりをたった一人で見れば、じわじわと心に闇が広がっていった。
清廉さなんて自分からかけ離れすぎているとユナは自嘲した。
誰もいない静まり返った礼拝堂でユナは祭壇の前まで歩くと膝を折った。
『偽りの愛を誓う事をどうぞ御許しください』
懺悔すべき事はたくさんある。しかしこの先の自分の行動を考えると無駄なように思えた。許されるはずもない。
短く祈りを捧げると祭壇を降りた。
心がざわついて仕方なくなり、ここを出ようと振り替えると、皇帝が座るであろう一番華やかな席が目に入る。
「……モグラさ、じゃなくて。
……ピオニー陛下」
皇帝が参列すると初めて耳にしたときは驚いたが、思い返せばいつも自分を救おうと必死になってくれていた。最後の最後まで諦めないという彼の気持ちだろうと察した。
何万もいる国民の中のただ一人、自分なんかの為に正体を隠してまで懸命に動いてくれたピオニーに感謝してもしきれない程の恩を感じる。
そんなピオニーを裏切る行為は神に懺悔するよりも悲痛な気持ちだった。
「ごめんなさい。御許しは請いません。
マルクト帝国の繁栄と陛下の幸多い未来を願っております」
皇帝の座る椅子の前でひざまずき、深く祈った。
そして、考えた計画の内に一つ改める事を思い付いた。
(一緒に死ぬのはキムラスカへ行ってからね……。
陛下の大切にしているこの国を汚すことはできない!
こんな私は陛下が愛する国民の資格は無いわ……)
すっくと立ち上がると与えられた部屋までの道を足早に歩いた。
夜が明けるまで何もすべき事が無くなった事に恐怖を感じた。
それを払拭したい願望は自然と歩を速め、気づいたら逃げるように走っていた。
しかし修道院の中の短い距離ではすぐに行き止まり、
ただ息苦しさを感じるだけだった。
──「父上、御足労をかけてしまいましたね。明日の朝までゆっくりお休み下さいませ」
式の前日になり、領地から式に出席する親族がグランコクマへ集まって来ていた。
ルボルトの乗る車椅子を押しながらエドガーは父の小さくなった背中を見つめた。
しかし何の感情も持たないのか表情も変えずゆっくり歩いた。
エドガーとは対照的にルボルトはキョロキョロと辺りを見回してどこか落ち着かない様子だ。
「エドガー、お前の花嫁はここにおらんのか。早く会わせなさい」
「修道院に先に行っております。ご紹介もせず、当日に顔を合わせる事になって申し訳ありません」
「何だと!お前はどうしてこう配慮に欠ける事ばかり!」
理不尽な怒りをぶつけようとするルボルトに冷めた言い方で応戦した。
「興味が無いと断ってきたのは父上ではないですか……。
そもそもこの式に参列してくださるだけで私は驚いてますよ」
「口答えするとはいい度胸になったものだな」
ルボルトは車椅子の肘掛けを叩くと低い声で唸るように言った。
エドガーは歩みを止めて小さく笑う。
老いぼれていると想像していたが、昔と全く変わらない
理不尽な振る舞いに自然と笑みが零れたのだ。
「父上が元気そうで何よりです。
血の繋がってない息子の為にわざわざ出向いていただき大変感謝していますよ。」
「口答えの次は嫌みか?お前の母は勝手に自害した。儂には関係の無いことだ」
その言葉を聞いて目の前の老人の細い首根っこを捻りたくて疼く両手をじっと見つめた。
長年培った耐えるという術だ。両手の震えは止まり落ち着き払った様子で話しかけた。
「えぇ、本当に感謝しているのですよ。リタの孫とあれば父上も喉が出るほど欲しいでしょう?
この結婚は父上の為の結婚です。
ご心配なさらず、リタはあの孫を孤児として育てている。
表向きには孤児を嫁に貰った徳のある家柄となるでしょう」
ルボルトはくるりと振り替えると後ろのエドガーを大きな目で見た。
「孤児か……そうか。
ならば良い。
さすが、お前は悪知恵の働く。一番に賢い儂の息子だよ」
「いえ、私は馬鹿な女から産まれた愚息にすぎません」
再び車椅子を押すエドガーの両手はうっすらと震えがしていたが、ルボルトは気づくわけもなく気分を良くしていた。