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───初めて与えられた休日は朝から秋晴れ。久しぶりに気持ちの良い天気だった。
「では、お言葉に甘えて、行って参ります!」
「行ってらっしゃい、ゆっくりして来て下さい」
初めて頂いた給料を鞄に入れ、久しぶりに孤児院に帰るのだ。申し訳無さよりもウキウキとした気分が表へ出てしまうようだ。
それを許してくれるフィリップが柔らかく笑って送り出してくれた。
玄関の戸を開けると、爽やかな外の空気を目一杯肺に入れて伸びをした。
「んーー、まずは皆にお土産ね!
朝から開いてるお店探さなきゃ!」
弾んだ足どりで門に近づくが、荷馬車がカーティス家の門前を塞ぐように止められていた。
(じゃまなんだけどな……ていうか、何?
……何!?えっーー……!?)
「ジェイド・カーティス様宛の荷物です。使用人の方ですか?」
「は、はい。え、でもこれ全部ですか?」
荷馬車にありったけ積んであったものは全て薔薇の花で、しかも深紅で統一してあった。その色はまるでジェイドの瞳のようで美しい。
男三人がかりで何度も往復して運んでくるそれは迫り来る迫力と強い香りから、
驚いたユナは腰が抜けそうになった。
「いや、えっ……こ、困ります!誰かの間違いではありませんか?こんな悪戯みたいな……」
こんな量をいくら広い屋敷でも入れたら大変な事になる。
「ピオニー・ウパラ・マルクト9世皇帝からですので、ご返品は致し兼ねます」
(誰の悪戯って、陛下のか!)
悪ふざけ大好きなピオニーのにやけた顔が頭の中に浮かんで憎らしい。
いや、それにしてもさすがに悪戯の度が過ぎている。
何の為に、と考えていると荷台に乗せられた花束の中に一枚のメッセージカードを見つけ、手に取った。
(なになに?……親愛なるジェイド。
たまには花に囲まれる生活も悪くは無いだろう。どうだ、驚いたか?やーい)
「くっ……」
くだらない内容に目眩すらする。
「……」
しかしメッセージの二枚目を見た瞬間そんな気持ちも吹き飛び、ユナは立ちすくんだ。
「……ジェイド、33歳おめでとう……!?」
ベルをならされて出たフィリップは視界いっぱいに広がる薔薇の花に苦笑いだ。
「ご苦労様です。とりあえず全て一階の広間にお運びいただけますか?」
去年は巨大すぎるバースデーケーキ。一昨年はありったけのぬいぐるみ。毎年恒例の迷惑サプライズに次第に慣れてきたフィリップは冷静に指示した。
しかし運ばれてくる花々の隙間から見えた、立ちすくむユナの姿が見えた瞬間だけはさすがに冷静ではいられなかった。
「おやおや……ばれてしまいましたか」
暗い顔のままメッセージカードを元に戻すと、何かを思いついたように走り出した。
フィリップはその姿を見つめ、そして見えなくなるといつもの仕事に戻った。
そのまま孤児院へ行ったのだろうと思っていたが、その後数時間経つとユナが息を切らしながら大きな荷物を持って帰ってきた。
「どうなされました?忘れ物ですか?」
ユナは呼吸を整えながらフィリップをじとりと見つめた。
「酷いですよ!私に内緒にしてたんですか?今日がジェイドさんの誕生日って!!」
「そんなつもりはありませんでしたが。私はジェイド様の指示に従っただけですから。
で、その荷物は何です?」
フィリップが気になったのは屋敷を出ていく時よりも倍に膨らんだ鞄の中身だ。この一時間で何かを買ってきたのだろう。
「パーティーグッズです!
さぁ、まずは飾り付けから始めますね!」
鼻息荒く腕捲りを始めたユナにフィリップは唖然とした。
「……孤児院はいいのですか?」
「はい。こんな大切な日放ってはおけないですよ!」
きっぱりと言いきったユナの笑顔を見てフィリップはこれ以上口を出せなかった。
そして、嬉しくもあった。こんなふうに大切に思ってくれる女性がいるということ。
親友であるピオニーの言った、『強引にやらねぇと、な。あいつ素直じゃないんだから』という言葉が蘇る。
いつもは控え目にジェイドを支えるフィリップもユナの勢いに巻かれてみようと珍しく思えた。
「お手伝いします」
「はい!ありがとうございます!」