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────時間を潰そうと商業区を一人歩くジェイド。
馴染みの文具店に入れば、久しぶりにゆっくりと万年筆を眺められると、商品棚の方へ足を運んだ。
執務以外に論文等書いているジェイドは、万年筆が欠かせない。
趣味として集めている訳ではないが、書きやすさと細工の美しさを求めて買えば多数になっていた。
自分へのご褒美にと、前から気になっていた美しいペン軸を手に取り店主に差し出した。
いつもならすぐに受け渡す店主が今日はやけに苦々しい顔をするので、訳を聞かずにはいられない。
「いや、貴方に言っていいのかわからなくて……とにかく今日はそれを買わないで自宅へ戻られては?」
可笑しな話だと首を捻るが、賢いジェイドはすぐに自分へのプレゼントを買いに誰かがここへ来たのだと察した。
大体の予想はついたが、何故買いに来た客が私へのプレゼントだと喋ったのか。
寡黙なフィリップだとすると変だ。妙な胸騒ぎがして店主に鎌を掛けた。
「私に万年筆を贈るとは、目上の方ですか。お返しも考えなくてはなりませんねぇ」
贈り物に万年筆を選ぶと『精進してください』という意味になる。
ジェイドの一言に店主の表情がさっと曇るのを見て
購入者が誰なのかわかった。
「私も忠告はしたんだが、長々と迷って決めた姿が可哀想でね。
いつも手元で使うものだから『貴方を見守っています』という意味もあるのだと教えてしまったんだ。
だから、彼女を誤解しないでやってくれ」
夕刻の商業区。グランコクマで一番人々が行き交う賑やかな場所で、一人の軍人が走り出すものだから皆が驚きの表情で彼を見る。
泥棒や指名手配犯でも捕まえようとしている最中なのか、人々は彼の為に道を開けた。
途中、街を見回りをしていた軍人に勘違いされ「我々も手伝います」など、声をかけられたが全て無視してジェイドは走った。
途中で辻馬車をひろい、やっと自宅に着く頃には陽は沈んでいた。
乱暴に玄関の戸を開けると、目の前に飛び込んで来たのはいつも自分を待つ二人に、新しく従者の仲間に入った少女の嬉しそうな顔。
「せーの!」
ユナの掛け声と共にジェイドの頭上から紙吹雪が舞う。
「お誕生日おめでとうございます!!」
パン、と弾けたクラッカーから
小さな硝煙がでた。
火薬の匂いがしたが、すぐに部屋いっぱいに敷き詰められた薔薇の香りで消された。
「……」
ジェイドは真顔で彼等三人を見る。
「あれ?ジェイドさんのびっくり顔ってこんなのでしたっけ?」
サプライズ隊長だったはずのユナは直ぐに怯んで横にいた隊員に助けを求める。
ジェイドの眉間に深く入った筋が見えるので恐ろしい。
「ユナ〜?ここで何をしているんです?」
「え、あ、……その、ジェイドさんを驚かせたくって。……お、怒ってます?」
喜ばれるどころか叱られそうな展開にヤバイ、とユナの頭の中はパニックに陥った。
「まったく、私がせっかく与えた休暇をこんなふうに無駄に使われて心外ですね!」
パニック中のユナは無駄という言葉だけをひろい、ジェイドの台詞の深意を考えず単純に傷付いた。
ピオニーからもらった耳付きカチューシャを取って、か細い声で謝ると肩を落とした。
そんな小さくなった肩を優しく抱いたゲイリーが、口を挟もうとしたが彼より先に間に入ったのは珍しくフィリップだった。
「無駄ではないそうです」