TOA 2
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───昨日、自身の誕生日は殆ど仕事をすることができなかったので、溜まった執務を恐ろしい程の集中力で処理していくジェイド。
右手にはもらったばかりの万年筆を握って。
チラリとそれを見れば金字で『ジェイド・カーティス』と名入の細工がしてあることに気づいた。
横目で見る一瞬の行為だが、それだけで何故か少し疲れも軽減されるようだ。
初めての給料を自分へのプレゼントに使ってくれた少女に、きちんと笑えていたのだろうか。感謝の気持ちは伝わったのだろうか。
いや、何をそんな些細な事で心配しなきゃいけないのだと首を小さく振ると再び万年筆を持つ手に力を入れ仕事に精を出した。
「……ジェイド、今お前ユナのこと考えてたろ」
まるでいないように扱っていた者、ピオニーがジェイドをしげしげと見つめ疑いの目を向ける。
「煩いですね、違いますよ」
「いや絶対そうだ!その万年筆見てたもん!」
ほんの一瞬の視線も見られていたのかと思うと気味が悪い。ジェイドはひきつった顔でピオニーに苦言した。
「私に張り付いていても現状は変わりませんよ?そもそもこんな状況を
作ったのはピオニー陛下、ご自身でしょう」
「あぁ、認めるよ確かに俺のせいだ。
そうなってしまったものはしょうがない。
しかしな!
お前に対して牽制はできる。だからこうして見張ってんだ!」
ピオニーは目の前にあるテーブルに写真を叩きつけた。
忌々しいそれは薔薇に囲まれたユナの頬にキスをするジェイドの写真だ。
ジェイドはそれを『宣戦布告です』と、いつもの貼り付けたような笑顔で見せてきた。
少し前に『信頼しすぎるな』と忠告を受けた事を思い出すが、その時はこの事を指しているなど予想もできなかった自分が悔しい。
「ジェイドの趣味じゃないと思ってたんだけどな。もっとこう、美人で知性的な女性が好みだろう?
……あぁ、どうしてこうなった」
「賢い女性は後腐れがありませんからね。」
「うっわ、サイテー!聞きました?女子のミナサン!」
「……貴方に言われたくありませんねぇ」
後腐れを気にしないという事はユナに対して本気なのかと問いたくなったピオニー。
ごくりと生唾を飲み込む。
緊張した顔のピオニーに気づいたジェイドが
半笑いでその事について言及した。
「ですが、これが愛情なのか父性なのかは正直なところ私にもわかりません」
「そ、そうか!」
そう聞いて少し安堵するが、しかしそう易々と考えてはいられないとすぐに短絡的な思考を掻き消すことになる。
「賑やかな場所で育ったユナが突然あんな状況で、私を求めてしまうのは仕方の無い事でしょうね。
そして、私の方も久しぶりに帰れば子犬のようにじゃれついてこられて……とにかくこの環境を変えなければお互い本気になってしまうのも時間の問題ではないでしょうか」
全てを環境のせいにしたり、自分の感情ですら分析をしてしまうのもジェイドらしい。長年の付き合いから理解しているピオニーはそんなジェイドを責める事は決してない。
「どうにかしてやるよ。身から出た錆だ!」
「収拾お待ちしております」
鼻息荒く執務室を出ていくピオニーとは対照的に、ジェイドはどこかスッキリとした面持ちでそれを見送った。