TOA 2
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小さな宴も12時を過ぎるまでには片付け、ジェイドはシャワーを済ませた。
あの事はまだ告げていない。
半乾きの髪をタオルで拭き取りながら、眠る前には伝えようかとユナを探した。
いつもは閉めている筈の寝室が少し空いているのでそのまま体を入れると中には寝具の準備を行うユナがいた。
「あ、もう上がられたんですね!すみません、今終わりますので」
慌てる様子だがこれはちょうどいいと、ジェイドは話し始めた。
「話があったから、ゆっくりしてくれて構いません」
「?……はい」
ユナは不思議に思いながらも枕をシーツで覆う作業をしながら聞いた。
「本当は貴女のためにもっと帰って練習に付き合いたいとは思ってるんですけどね、1週間も開けてしまってすみません」
「いえ、それはジェイドさんが気にする事ないです!私には十分です!」
「そうですか」
小さく呟いたジェイドはいつもの何を考えているかわからないような無表情なのだが、何故か声音が少し寂しげに聞こえたユナは嫌な予感がした。
「実はこれから1ヶ月程ケセドニアに滞在する予定です。
さすがに貴女の練習にならないでしょう。
他の屋敷に行ってもらおうか陛下と検討中なんですがどうでしょう」
「……え!?」
枕の下に入れようと準備していた手作りの薔薇のポプリを手から滑らせてしまった。
ポトリと落ちたそれをジェイドは拾うとピオニーからの嫌がらせで届いたあの薔薇なのだとすぐに気づいた。
鼻腔を擽るそれは前にユナに伝えた自らの言葉を思い出し、嗅いでしまった事に少し後悔した。
(全く、これは媚薬にも使われると注意したはずなんですが……)
後悔も虚しく、あまりにも悲痛な表情を見せるユナの姿を見れば正常な判断などできない思考に陥ってしまった。
「……私が、お邪魔ですか?」
泣くのを我慢したような震えた声を絞り出すので、肯定してしまえば解決できたのに否定してしまう自分がいた。
それはこの香りのせいなのか、はたまた膨らみ続ける情からくるものなのか……。
「いえ、そう捉えないで下さい。
貴女が来てくれて自宅に帰るのが楽しみになりましたから」
「そうなんですか!?」
萎んでいたはずの花が潤いを得たように急に笑い出すので、こちらもつい気分を良くしてしまった。
「でしたら、私ここでジェイドさんを待っていたいです!」
「貴女のためを思っての提案でしたが?」
「そんなお気遣い結構ですよ!
……会えた時にこんなに嬉しく思うのは、離れて我慢してる時間があるからですよね。
そう思えば、やっぱり待っていたい、です」
自分のベッドの上でそんな極上の殺し文句を言うユナもこの媚薬に負かされたのか、と疑った。
ピオニーの奴はやはり間抜けだと思う。深く考えずユナを自分の元へ送り込み、そして香り高い薔薇の花まで添えるとは。
彼女を美味しく食べて下さいとプレゼントされたようなものだ。
1ヶ月も離れ、帰ってきたらもう歯止めが効かなくなるだろう。
そんなことを覚悟するのに甘く痺れてしまった頭は危険信号を出してきてはくれなかった。
「では、待っていて下さい」
「……はい」
安堵の表情を浮かべるユナをこれ以上見つめてはいけないと、ジェイドは視線をそらした。