TOA 3

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辺りには誰もいなかった筈だったのだ。緊張からユナは肩をびくつかせる。
「だ、誰ですか!?ど、どこ!?」

しかし後ろを振り向いても誰もいない。ついには360度見渡すが人が見あたらない事から恐怖が増す。

「え、やだやだ……お化けじゃないでしょうね」

「ここよ。上」

「ひっ!」

声の場所を辿る。おそるおそる高くそびえ立つ塀の上を見上げるが、人物らしき影はすぐにそこから飛び降りた。塀の高さは自分の背を優に越える。常人ではまず真似のできない動きに目が追いつかない。ユナはパチパチと瞬きを繰り返した。


「フフ、相変わらずね。ほっとけないんだから。
ユナ、そっちを一人で歩くのは危険よ」

優雅に着地してこちらへ歩いてくる女性。夕焼けが照らす金の髪は赤が透けて見えた。

「えっ……」

いつもの青い軍服を着こなす。それが彼女にとって一番見慣れた格好である筈なのに。着ていることにひどく驚いた。


「っ、サラ……さん!?」

「そうよ、私よ。なに?その顔」


「……。なんでっ……」


サラに詰め寄るユナは聞きたい事が
たくさんあるはずなのに言葉が出てこない。もどかしい気持ちなのか、今までの不安が押し寄せるのか、まるで怒りをぶつけるように軍服の襟を掴んだ。

「生きてるって信じてましたけど!けど!……でも不安になるじゃないですか!心配するじゃないですかぁ!」

怒りながら溢れる涙。

「大丈夫。生きてる」

眉を下げながら困ったように笑うサラはまるで幼い妹をあやすようにユナの頭を撫で付けた。
少し身長差のある二人。サラの首筋に額を押し付けるようにして抱きつくユナはサラの血が通った温かさに安堵した。女性らしいコロンの匂いはサラの香りだ。懐かしさの中に砂ぼこりと硝煙の匂いが軍服から微かにするが、それはサラが死線を越えてきたのであろう証拠だと思うとさらに涙は溢れてきた。


「もー。泣かないの!」
「うぅ、だってぇ!!」

「今日は忙しい日なんでしょ?さぁ、しっかりして!

こっちの道通りたいなら送ってあげるから!」

「は、はぃぃ……」


もらい泣き、なのだろうか。サラの目尻にもうっすら光る涙があったのだがサラは拭うとすぐに前を向いた。

「似合ってるじゃない。それ、
宮殿のメイド服よね?」

未だグスグスと泣き続けるユナの手を取り歩くよう促すサラ。自分の方が聞きたい事がたくさんあった筈なのに、何故かサラに質問され続けていた。

「どう?宮殿の暮らしは。慣れた?
まさか失敗ばかりしてないでしょうね?」

小さく頷く事が精一杯のユナだったが、次第に冷静さを取り戻していった。周りを見る余裕ができ、歩く道がやはり暗いのと、時々いる既に酔い潰れている軍人らしき男からサラがガードしてくれているのを理解した。サラの言う通り一人で歩いていたら無事に宮殿へ辿り着けなかったのかもしれない。

「ありがとう、サラさん。
私、いつも助けてもらってばかり」

「ふふ、いいわよ。相変わらずで、元気で良かった」

「サラさんも!元気で良かった。

あの、あのね!…聞きたいことたくさんあるんだけど」


「まぁ良いじゃない。
今日は晴れの日なんだからさ。盛大に祝ってよね」


サラは軍服の襟をわざと正すようにユナに見せた。
色々な疑いが晴れて軍に無事に帰って来れたこと、今日は勝戦を祝う日。そんなサインなんだと言葉で説明
しなくとも理解できた。

「そうですね!」

途端にやる気が出て笑顔を取り戻すユナ。つられてサラも笑みを返した。

歩きながら穏やかな空気が二人を包むのを感じた。このまま続けば良いのにと願う。

「じゃあね、ここで良いかしら。私一度宿舎に寄りたいから。着替えておめかししなきゃでしょ?会場でまた会いましょ?」

「はい」

程なくしてやや道も開けたところでサラは別れを告げた。今日の会場で気安く会えるような立場ではないことを今言うべきではないかもしれない。お互いの時間が迫っている事でユナは小さな嘘をついてしまった。こんな些細なことで後ろめたさが頬を赤くする。サラの目を見れない。

「じゃあ…」
「うん」


でもまた会えるか。ここグランコクマに帰ってきたのだったら、と楽天的に頭を切り替えた。

小さく手を振ってお互いの進む道へと歩んだ。


「………ごめんね、……ユナ」

ポツリと呟いたサラの独り言は夕陽とともに沈む。
賑やかな宮殿内の誰にも気にされることなく。
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