TOA 3
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「ジェイド、帰って早々疲れるぞ。内政は俺達に任せてろ」
観察をやめないジェイドに釘を指す。
「任せろとおっしゃるのならしっかりしてくださいね。マルクト皇帝!」
冗談でも人に皇帝の座を譲ろうとしたことに多少腹が立っていたのだろう。ジェイドはピシャリと諫めた。
「はー!可愛くないね、まったく!
その顔。
……崩してやるからな。覚悟しておけ!」
ニヤリと笑ったピオニーはジェイドから離れると執事長に合図を送った。苦い顔をした執事長の表情からまたよからぬ事を企んでいるのだろうと読める。
「……いつも予想の斜め上をいく」
くつくつと笑いが込み上げる。だからこそ彼の作る国の未来が見てみたいと思う。他の誰でもない、親友の。
────洗っていた最後の皿の水をきる。それを乾燥機にセットして開始のボタンを押せば皆が一息つけた。
ユナはそれぞれの仕事も一段落していることを見て確認した。
「 なんだい、急に暇になったね」
「こっちも磨き終わったよ」
「峠は越えた?という事でしょうか」
「あたしゃ煙草吸わせてもらうよ。
皆も一旦座ろうよ」
「私、気になるので見てきます!皆さん休める間に休憩どうぞ!」
使い終えた食器が来る事もなく、厨房からも食器をよこせとも注文が来ない。不思議に思ったユナは一人で確認しに行った。
「……気を張り詰めすぎじゃないかね、あのこ。倒れなきゃいいんだけどね」
煙草を吹かす中年の仲間が心配そうにそう呟いた。
「あのー……どうしたんです?こんな、もぬけの殻」
厨房に入るとそこは静まりかえっていた。少し前まで全ての焜炉に火がつけられ、調理具やまな板を叩く音。コックやメイドがところ狭しと駆け回っていたのにだ。そのギャップが怖いぐらいだ。
「あぁ、すまない洗い場の皆には伝わってなかったのか。休憩だよ、休憩」
「えっ、厨房が休憩?」
コックは酒を片手に料理のはしきれを摘まんでいた。聞けばそのお酒も休憩にと配られたらしい。ユナにもと勧めてくれたが酒に弱い自分が酔いながら仕事は勤まらないとお断りした。
「あの、それで皆さんはどこで休憩を?」
「あぁ、ちょっと静かに。耳を澄ませてごらん」
「ん?……これは」
微かに聞こえる破裂音。あまり馴染みのないものだったが記憶を辿ると初めて聞く音ではなかった。
「花火だよ。今夜はピオニー陛下の計らいで無礼講。俺らも見に行って良いってさ。
俺は花より団子派なもんでね、ここにいるよ」
「すごい!私、皆に知らせて来ます!」
ぱぁっと頬を赤く染め目を輝かせるとパタパタと洗い場へ駆け込んだ。
「……可愛いねぇ。ユナちゃんと言ったかな。うちの娘と年は変わらんか」
まるでそんなことも肴にするかのように酒をぐいと飲み込むコック。彼はここの料理長を務める身だ。
「皆さん!花火大会に行かれるならこれをどうぞ。楽しんできて下さい!」
コックから聞いたことを洗い場の皆にも説明し新しい替えのエプロンを配るユナ。華やかな祝賀会を見てみたいと望んで働きに来てくれた彼女らにこんな素敵なサプライズがあるなんてユナ自信も嬉しく思う。せめて綺麗な格好で楽しんで欲しいとおろしたてのエプロンを渡していた。
「ありがとう。勿論ユナさんも行くのよね?」
「えぇ!私は後で向かいますから、お先にどうぞ!」
最後の一人にそう言ってエプロンを手渡し見送った。一緒に行けば良いのにと惜しまれるも笑顔で断り一人になった洗い場で一息をついた。
「さぁて、どうしよっかな……」
実は替えのエプロンが一つ足りなかったのだ。油や泡の染みだらけの自分のエプロンを広げる。日雇いの彼女らは宮殿に入れる事事態が稀で、今日のような花火大会を貴族と一緒に楽しむなんてもう二度と無いのかもしれない。
自分の可能性はなきにしもあらず。譲った方が良いという結論は簡単に出せた。
「皆が出払ってるうちに片付けちゃおうかな」
空になった配膳カートを持って会場に向かう。メイド達もみんな花火を見てるのならテーブルの上は空いた食器だらけであろう。どうせ汚れてるエプロンならいっそのこと真っ黒になるまでやり遂げよう。そう思った。