TOA 1

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惑星オールドランド。

世界はキムラスカ王国とマルクト帝国の二大国に分割され、危うい平和の均衡を保っていた。

しかし10数年前に起こったホド戦争が収束してから後に二国間で大きな戦争は起きていない。
ホド戦争の終結の後、
戦争を勧めてきた前マルクト皇帝カール五世は退位し、その息子である、ピオニー・ウパラ・マルクト9世は即位した。
父とは逆に反戦争の軟化政策をすすめた。

二国間ではいまだに小競り合いや国交断絶が続く。冷戦とも呼べる状態に平和と容易く呼べない状況ではある。


しかし国民の多くは現皇帝を賢帝と讃えた。マルクトの首都であるグランコクマでは新たな君主を歓迎し、民は平和を信じて街は活気に包まれていた。



水の帝都と呼ばれるグランコクマは海中に浮かぶ要塞都市である。町中に水路が張り巡らされ清潔な水が淀みなく流れている。
そんな要塞壁に囲まれた安全な都でもそこから一歩外に出れば危険は身近になる。夜には魔物や盗賊も彷徨くし、どこにキムラスカ兵が潜んでようかわからない。
そんな外側の事情、壁一枚の隔たりがあるからこそ人々は強固な要塞の中での暮らしに安心している。


「いらっしゃい、エンゲーブ産の野菜が安いよ!」
今日も商業区では威勢の良い店主達の声が響く。


「いくら安くても新鮮じゃなきゃダメだね」

「おっと、お兄さん新鮮さは見ての通り!お墨付きだよ、なんせ朝一番の暗いうちから採れたものを運んできてんだ」

「朝採れ?……嘘つくなよ、さすがにエンゲーブからこっち運んでくるのに無
理があるだろう」

頭に布地を巻き、身なりも簡素な男がふらりと八百屋の前で足を止めた。ひとつトマトを手に取り、口端を吊り上げて八百屋に食って掛かった。

「それにエンゲーブとグランコクマに通じる道に最近盗賊が出るって噂だしな。嘘ついちゃあいけないよ 」

簡素な身なりからして金持ちではないことは確かだ。八百屋は下げ値交渉だと予想し、負けじと応戦する。

「なんだいその噂は古いもんだな。青い兵隊さんが盗賊どもを一掃してくれたの知らねぇのかい?」

青い兵隊さんというのはマルクト軍を指す。階級によってデザインが異なるが青色で統一してるからだ。

「おかげで新鮮な野菜がたくさん入ってきて儲かってんだ!ピオニー陛下が即位してからわしら商い者は売上上々よ!」

だから買わなくても結構!こちとら善意で安くしてんだ、とでも言いたいのであろう。八百屋は胸を張った。

「……そうか!そりゃ良かった。んじゃ袋いっぱい買わせていただくよ、いくらだ?」

と言って男は口角をあげニカ、と歯を見せて笑った。
男の態度は急転、人懐っこいその笑顔に八百屋は呆気にとられ戦意を喪失したようだった。


そのまま男は鼻歌まじりにご機嫌な様子で、袋いっぱいに買ったトマトを一つ頬張りながら商業区を離れた。



男の足取りは宮殿の方へと続く。
門の前はなにやら騒がしく、役目を終えた一小隊が軍部へ帰還するところだった。

男は袋を手に下げ、呑気にその軍隊に近づく。
「お疲れ〜」

一番端にいた兵がぎょっと男を見入る。一般人が軽々しく兵に近づくなんて異例だった。
「ジェイドは?」

ニコニコと屈託のない顔で男はジェイドという恐らくこの中にいるであろう軍人を探し、隊列の中へぐいぐいと体をねじ込む。

するとその中の一人の兵がしびれを切らしたのか男にむかって叫んだ。
「我らが第三師団師団長ジェイド・カーティス大佐に何用か!」

兵は師団長を敬っているのだろう。無礼者め、とも言わんばかりに男をきつく睨む。

睨まれた男はなおもニヤリとしながら胸の前で腕を組み、堂々としている。

「笑ってないで出てこいよ、ジェイド」

大佐という階級を出しても怯まない一般人に兵達は、疲れもあってかだんだん怒りに満ちた。

が、しかし先頭にいたジェイド・カーティスの一言で隊は凍りつく。

「なぜ私が笑ってると、決めつけておっしゃるんでしょうね、心外です。陛下」

「ほら、笑ってるじゃねぇか。俺が困ってんの見て。三十路陰険眼鏡はほんと素直じゃないね」

頭に巻いていた布地をはずしながら男はジェイド・カーティスに軽口をたたく。
布の中から現れたのは太陽のように目映い金色の髪だった。健康的に焼けた肌にそしてまるでマルクトの豊かで深い海のような色彩の瞳をした青年。33歳の若さで即位した皇帝
ピオニー・ウパラ・マルクト9世であった。

「誰かさんのおかげで多忙を極めるところ、さらに盗賊狩りを命じられ、今しがた帰ってきたばかりの私にありがたきお言葉感謝致します」

さらりと嫌みを告げるのはいつものこと。
白い肌と薄いブラウンのストレートの髪は肩まで。冷たい雰囲気を感じられる切れ長の赤い目をしたその軍人はピオニーと同郷の幼馴染みであり、皇帝の懐刀と呼ばれるジェイド・カーティスだ。二人の間だけに許されたやり取りである。


「おうよ、お疲れ様。あ、八百屋のやつら喜んでたよ。トマトおまえも食う?」

「結構です。ていうか、宮殿を抜け出すのやめてください。皆困っています」

「し、失礼しました!」
先程の兵は額を地面に擦り付ける程姿勢を低くし慌てて無礼を詫びる。

眉間に皺を寄せ、はぁ、とため息をつくジェイドとは対照的に太陽のように朗らかな笑みで笑う皇帝であった。


「大丈夫!あ、おまえにトマトやるよ。旨いぞ」



「私の部下をからかうのもやめてください」

ジェイドの眉間のしわが更に深くなった。
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