TOA 1

□2
1ページ/7ページ

水の帝都グランコクマ。朝から街は活気に溢れ、商人が港や都門を出入りし賑わっていた。

新しい皇帝が即位してもうすぐ一年が経つがいまだ街はお祝いムードの名残を感じる。活気により人々の財布の紐は緩み、グランコクマは久しぶりの好景気であった。

商人は儲かり、店舗を貸し付ける地主、またそれらを束ねる貴族の暮らしぶりは華やかさを増すばかりである。前皇帝は税の多くを軍事に費やしたが、ピオニー皇帝は長らくおざなりになっていた街のインフラ整備、商業支援、福祉事業の充実を重点におき執政した。
貴族ばかりが得をする世の中を作りたいわけではない。しかしいまだその態勢を崩す事ができず若き皇帝は悩んでいた。

だからこそ、ピオニーは皇帝でありながら近衛兵の隙を見ては平民になりすまし街の様子を見に行くという行為をやめられなかった。
もちろん、息抜きの意味もあるが。

見つかる度にジェイドに叱られるが、ジェイドもピオニーの気持ちを察しているのか本気で止めようとはしていないように見えた。
彼が本気を出せばピオニーを宮殿に監禁することは容易いであろう。


「陛下。いくらあなたが賢帝だと称えられていてもあなたを恨む人は五万といる事を忘れないで下さいませ。
このように、ね?」
「わっ!」


街へと通じる秘密の地下通路の入り口へと今にも一歩踏み出そうとしたピオニーだったが、後ろから突然ジェイドの槍の気配を感じて両手をあげた。

「説教に乗じて俺をいじめるな!……止めても無駄だからな」

与えられた休憩時間の終わりが迫っている。じきに近衛兵(別名、皇帝の脱走取り締まり班)が来てしま
う。

「えぇ、止めはしません。私も休憩中ですから。無駄に仕事は増やしたくないものです」
ニッコリと張り付けた笑みを浮かべるがピオニーはよく知っていた。
これは奴に勝算があるときの笑みだ、と。

「ですが、フリングス少将は休憩ではないようですので、彼にお願い致しましょう!」
と、ジェイドが言い終わるとちょうどいいタイミングでアスラン・フリングスが現れた。
「陛下どこに!あっ!」

「ジェイド、おまえってやつは!」

くだらないやり取りをして時間を稼いでいたのはこの為だったらしい。

「すまないアスラン、じゃあな!」
振り返ってアスランに舌を出すピオニー。30代らしからぬ素振りでバタンと地下道の扉を閉めて中から鍵を締めた。

「おや、鍵があるとは誤算でした」
ジェイドは肩をすくめる。横でへなへなと膝を床についた若き青年の少将。
きっと城を走り回って探していたに違いない。悔しげに肩を落とした。

アスラン・フリングス少将は20代の若き青年少将だ。物腰柔らかく、指揮官としての実力も兼ね備えているが、真面目すぎて陛下に振り回される事も度々ある。

ピオニーにこうやって逃げられるのはもう何度目だろうか。しかしアスランは隣で飄々としているジェイドを決して責めたりはしない。

階級では大佐と少将。若いがアスランの方が立場が上だ。しかしジェイドの過去の戦歴や実力を知る彼はジェイドを敬っている。

「この通路の先を知ってますから。ご安心ください少将。先回りして正午までには捕まえますよ。確か13時から議会でしたね」

「大佐……あ、ありがとうございます」
顔をあげ、ジェイドを見上げるアスランの瞳はうっすら潤んでいるように見えた。
ジェイドは自分が昇級を拒んできたせいでこの若き青年に嫌な役を色々と押し付けてしまっている事は承知だ。
しかし同情は一切しない。今日の手助けは彼の気紛れであろう。

さきに午前の仕事を終わらせてから行きます、とアスランに告げ自分の執務室へと向かった。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ