TOA 1

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時計の針は午前11時を指していた。
南向きに作られた屋敷に眩しいほどの日差しがあたり、窓ガラスを温めた。室内は過ごしやすい温度を感じる。

しかし、非常に険悪な空気に困る少女がここに一人。
「えっ…と、おばあちゃん、この方はどなた?」
老婦は日頃から耳が遠いのであろう。ユナは屈んで老婦の耳元で話した。
聞き取れないのか、返事はない。
見かねてジェイドが席を立ち紳士的に振る舞った。

「ご挨拶が遅れて申し訳ない。私はマルクト軍第三師団所属、ジェイド・カーティスと申します」

「いえ、こちらこそ失礼をお許しくださいませ。私はユナと申します」
こんな孤児院に全く不釣り合いな軍人が何の用事だろうと、ユナは警戒している様子だった。

さらに隣ではその軍人を厳しく睨みつけるピオニー。場の空気を険悪にしている元凶だ。

「その方はじぃちゃんの友人だよ」
今まで黙っていた老婦がニコニコと語りだした。しかしユナの方は否定する。
「またおばあちゃん、本当なの?」
友人と呼ぶにはひどい年齢差を察し、ジェイドの方へ向き直り謝罪した。
「ごめんなさい、あなたを勘違いしてるみたいです
おじいちゃんは40年前に亡くなってるし。おばあちゃんも今年で90歳ですから、最近はずっとこんな調子で」

親代わりである人の衰えを認め、さらに他人にこんなふうに迷惑をかけて謝る事はどんな気持ちであろうか。ユナの表情は暗い。

「いえ、そのように勘違いしていただけるのも光栄ですよ。何故なら彼女の亡夫は百戦錬磨の軍神とも讃えられた方、ウィルハイム・ローゼン元帥ですからね」

「それは本当か!?」
「嘘!」

聞いてた二人はひどく驚いて目を丸くした。なぜならその名はマルクトの多くの人が知る有名な軍人だった。

「えぇ、彼を師と仰いでいた老マクガヴァン元帥から話はよく聞いてました。彼が亡くなられてからご家族の方は行方がわからなくなり、噂では奥様のリタ・ローゼン婦人が戦争孤児を引き取り育ててらっしゃると…聞いていました。
本当かどうか知りませんが、亡くなられたウィルハイム氏の遺言で遺産を戦争の犠牲者に使って欲しいと、あったようですよ。
夫婦共に素晴らしい方ですから私も本当にお逢いできて光栄です」

ジェイドは話しながら老婦に近づき、膝まずき、最大の敬意を表した。
「おばあちゃん…そうだったんだね。私を拾ってくれて…子供達を育ててくれて…ありがとう」
感極まったユナは涙が溢れた。 リタの膝に額を預けながら泣くユナを、リタは慈しむように頭を撫でていた。


その様子を見ていたピオニーは表情には出さないが複雑な心境であった。

皇帝として老婦に苦労をかけた、と労いの言葉もかけたいが今は叶わぬ事。
戦争孤児を保護する責任は国にあるが、それを怠ってきた証拠を見せつけられた。


もちろんピオニーだけでなく、ジェイドも同じように感じたようだ。
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