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孤児院の管理を軍部へ移すという議題は淡々と進み、採決も滞りなく決まった。
しかしここからが大変で、貴族や孤児院の責任者に向けた報せを印刷。軍部に新たな部署の設置、人事、計画書。やることは山積みだ。
だいたい考えるのはジェイドの仕事で、皇帝はというと彼が持ってきた案や計画書に許可の印を軽快にポンポン押していた。
「陛下、ちゃんと目を通して頂いてますか?」
皇帝に冷たい視線を浴びせるジェイド。
「お前には絶対の信頼を寄せているからな」
キリリ、と真顔で部下のジェイドを褒めあげるが、彼の冷たい視線は変わらない。
「一枚だけ私の長期有給休暇申請書があったのですが、許可していただけたということですね」
にっこりとジェイドが笑む。
「え?嘘」
慌てて訂正しようと書類を探すが見つからない。そんなの許可するわけがない。
「嘘ですが」
「…陰険眼鏡。くだらないことやってねぇでサクサク決めようぜ。あと、エドガーの身辺調査な……。やましいことは未だ見つからないか」
「そうですね、難攻してます。彼女の誕生日前までに奴の尻尾を掴まなければこちらの負けとなりますね」
「今日は誰が見張りに行ってる?」
「副官のマルコです。誰かさんと違って彼は優秀ですから再度あちらの資料を確認してもらってます」
「…誰かさんって俺じゃねぇよな」
「おや、自覚があるようですね」
「……」
誓約書には彼女の誕生日以降(婚姻する日)孤児院には近付かない、という決まりだったのでエドガーがいつ孤児院に足を運ぶかわからない。
軍人が中にいれば恐らく近付かないか、来てもさすがに暴れはしないだろう。ジェイドの部下に入れ替わり見に行かせていた。
しかし優秀ですからと、任されたマルコは実際のところ困惑していた。
「ね〜ね〜、おじちゃんは遊んでくれないの?」
「お、お仕事があるからね」
「モグラ怪人は遊んでくれるよ?」
(……ピオニー陛下のことか?)
「ジェイドのおじちゃんは怖い顔してダメだ!って言うよね。」
「うんうん、赤いお目目怖いよね〜」
(どうしたら大佐のようにうまく断れるのか……)
子供達のお喋りに振り回され一向に調査が進まない。そんなときいつもユナが助け船を寄越してくれた。
「コラコラ!マルコさんのお邪魔したらダメですよ」
「は〜い」
パタパタと可愛い足音を立てて向こうへ行く子供達。これを可愛いと思わなければ無視して仕事も捗るだろうが、マルコには無理であった。
「すみません、お邪魔ばかりして」
長い髪を後ろで一つに縛るユナからは動く度にバニラのような甘い香りが漂っていた。
男の人口密度の高い軍部にいたら絶対に香ってこないであろう。
「これ、紅茶とおやつのクッキーです。どうぞ」
子供達用に大量にクッキーを焼いていたから着いた匂いなのか、 それともユナ個人の甘い香りなのか。ぐるぐると頭の中で考えてしまい、また集中を削いでしまった。
「いただきます」
邪心を取り払うかのように紅茶を一気に飲み込んだ。
「?……おかわり、準備してきますね」
「あ、はい。すみません」
去るときまでも甘い香りを漂わすものだから困る。
(大佐はこの状況でよく平気で仕事できるな……)
血生臭い戦場は嫌だが、こんな仕事ができない自分なら戦場にいた方がマシだと思った。