TOA 1
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煩い心臓を沈めたくて庭に出たユナ。昼間は子供達の声で賑やかな庭だが夜は別の顔だ。静かで冷たい空気は火照った体に丁度良かった。
上着も着ず薄い寝間着のまま庭の奥へ進んだ。
好きな場所がある。庭の奥の築山。あそこに座り込み星空を眺めよう。そう考えて歩いていくと、先客がいた。昨夜もここで会ったから予測はできた。
(モグラさん……やっぱり)
彼は築山に胡座をかいて座り込み、静かに星空を眺めていた。
仕返しに驚かしてやろうと思ったが、いつもの彼と違う雰囲気に圧倒された。
初めて会った時から布を巻いて隠していた髪が露になっており、夜風にさらさらと靡かせていた。
肩までの髪は夜の薄明かりでもわかるくらい濃い黄金色だ。
(綺麗な髪。普段隠さなくてもいいのに)
どっしりと佇む彼の真の姿は何故か大きく見え重い空気を纏っているようだ。
いつも意地悪したり少年のような顔で笑う彼とは違う雰囲気である。
「ユナ出ておいで」
覗いていた場所を見られ目が合う。
「……せっかく驚かそうと思ったのに」
「100万年早いな」
くつくつと笑う、いつもの彼の表情だ。
その顔を見たら何故か安心できた。築山に登り彼の隣に
腰掛けた。
「今日は雰囲気違いますね」
「ん?あぁ、しまった」
髪に気づくと器用に束ねていつもの布を巻いた。
「綺麗なのに。なんで隠すんですか?もったいない」
「俺の魅力をふりまきすぎても女性達が困るだろ?」
ピオニーは笑って誤魔化す。今が夜で良かったと思う。彼女も自国の国民だ。自惚れではないが皇帝の姿を知らない者はこのグランコクマにいない筈。
自分の立場を気づかれてはきっとこんな関係でいられなくなるだろう。
いつか正体を知られても、変わらない笑みを自分にくれるんだろうか。ふと、考えると切ない気持ちになった。
(ダメだな……お前を元気付かせようと思って来たのに暗い顔していたら)
長い沈黙のあと、何かを喋ろうと思った時だ。隣にいるユナ
がピオニーの肩にコツン、と頭を乗せ寄りかかられるのを感じた。
突然触れる柔らかい感触と甘い匂いにピオニーの心臓が跳ねた。
(甘えてるのか……?)
紳士的に肩を貸せばいいものの、感情のままに動こうとする。ピオニーはそんな男だ。特に女性の前では。
「ユナ。もっとこっちおいで」
腕をユナの腰に回し更に引き寄せようとするが、ユナの体は人形のように
ぐにゃりと足の上に倒れた。
一瞬心配したが、すぐに規則正しい寝息を立てているのが聞こえて拍子抜けした。
「なんだ寝ているのか……」
がっかりした部分もあったが、
本来自分の役割は彼女を安心させることである。
皇帝に自由な時間などほとんど無いが、こうして一日の終わりをこの孤児院で過ごそうと思えた。
人を驚かせたり喜ばせるのが好きなピオニーだったが、こんな風に安心させて眠らせる事などあっただろうか。
ピオニーは眠るユナの顔を見つめ、心が満ち足りた気分になった。