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「新郎の入場です」
聞こえてくる拍手の音源は全てエドガーの親族の者達ばかりであり、新婦側に座っていたピオニーをはじめ警護にあたる兵はまるで祝福しないかのように動く者はいなかった。
そんな異様な光景を祭壇側から見つめる律師はこの先無事に式が終わる事はないだろうと嫌な予感がした。
白いタキシードに身を包んだエドガーは
颯爽と通路の赤い絨毯上を歩いた。
自信に満ち溢れた表情は、今まさに神の前で愛を誓う決意をする男の顔だ。
皇帝の横まで来ると一度立ち止まり礼をする。
顔をあげ互いに目が合うとピオニーはわざとらしく笑顔で拍手した。
しかし静かに祝福されるわけは無いとわかっているエドガーは表情には一切出さないが警戒した。
ピオニーの隣に座るリタも不安材料の一つだ。
(この土壇場で復活しやがるとは……しかし老いた奴の証言など、誰が信じるものか。ただの戯れ言にしてやる)
祭壇の手前まで歩くと新婦を迎える為に扉の方に向き直った。
「続いて、新婦の入場です」
律師が緊張しながら式を進めようとすると、
やはり遮る者がいた。
「なぁ、あの子の前で酷な話をするのはやめんか?
今決着をつけるべきじゃないかのぅ、陛下。
こやつが来た今、役者は揃ったじゃないか」
元元帥のマグカヴァンからの提案だった。
静まり返った中で皆が皇帝の動向に注目した。
ピオニーは座ったまま小さく呟いた。
「そうだな」
皇帝の決定に親族達は顔を見合う。殆どの者が事情を知らず、先行きに不安を感じた面持ちだ。
「では、俺から口を挟むと大事に至るからな。アスラン頼む」
「はい、承りました」
まるで予定していたかのように、すんなりと受け入れたアスラン・フリングス将軍は静かに立ちあがり片手を上げた。
「婚姻について異議申し立てがあります。
新郎と新婦に近親の疑いがあり、婚姻を禁止された親等ではないか律師にご確認をお願い申し上げます」
アスランの言葉で礼拝堂内が一気にどよめいた。
律師自身も随分動揺したが咳払いを一つすると、冷静に対処しようと心がけた。
「静粛に、では確認しましょう。
エドガー・メイジャー、心当たりはありますか?」
「いいえ、ございません」
律師の方へ向き直り、全く動揺を見せない表情で言ってのけたエドガーは余裕にも見えた。
「……では。えっと、新婦にも確認をとりたいのですが」
マグカヴァンに入場を遮られ未だ開かない扉の方を律師が見る。
しかし再び入場を拒むように遮る者がいた。
「新婦を新生児から今まで育ててきた私、リタ・ローゼンがあの子に代わり何でもお答えします。宜しいでしょうか?」
はっきりとしたよく通る声で律師に向かって発言したのはピオニーの隣に座るリタだった。
判断に迷った律師が返答に間をあけると再びリタが口を開いた。
「実はあの子に自身の出生を知らせず育ててきてしまいましたので、私にしか知らない事もございます」
リタが喋る気だと、気付くとエドガーは間髪入れず律師に告げた。
「ですが、リタ婦人はここのところ認知に問題があるような素振りでしかもずっと意識が戻らず床に入っておりましたよ?
そんな方が正しい事をお喋りになられますでしょうか」
「そうなんですか?」
律師は困った顔で新婦側の席の方を見た。
「えぇまずは老人の戯言と思って構いませんので、この場でどうか私の話を語らせてください」
ニコリと笑うリタの、せつなげな語り口に情がわいた律師は許可した。
情に流され冷静な判断をしてもらえなかったエドガーは少しだけ眉をしかめた。
しかしこれ以上口を挟む事はなかった。
式を既に壊された恨みを感じつつも、リタの話に興味を感じた親族達は固唾をのんでリタを見守った。
ルボルトもその一人だった。
「あれは……20年前の今日、9月30日じゃった。
一人の赤子が孤児院の軒先に置かれてた。
どこか懐かしい顔と泣き声をした赤子を見て、嫌な予感がしたんだ……」
遠い記憶を呼び戻すように天を仰いだリタはゆっくりと言葉を選びながら長年内に秘めていた事情を吐き出した。