TOA 3
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念願叶い、グランコクマ宮殿で働き初めて既に一ヶ月経っているのを今朝知った。気付かないなんてまだまだ余裕が無い証拠だと自分を律する。
「ユナ掃除はもう終わったの?」
「はい。先輩のとこを手伝いますね」
「うん、お願ーい!」
ユナが先輩と呼ぶのは指導係りのアンネだ。共に賓客を持て成す役を任されている。まだまだ目標である皇帝付きメイドとは程遠い職務だが、それでも新人がここを任されるなんて異例なんだから、胸を張って!と背中を叩いてくれるアンネは既にベテランといった風貌だ。
皇帝の近くで働けるなんて本当に選ばれた人間だけであり、そこにたどり着く前に辞めてしまう者も多い。
「あーら、早けりゃ良いってもんじゃありませんからね!ユナ?」
と、突然現れたクロード執事長に嫌味を言われる。勤め出した当初から続く日課のようなもので、次第に慣れてきてしまっていた。
「……申し訳ありません、何か不備がございましたか?」
「まぁ、わたくしに楯突くなんて生意気ですね!」
「いえ、……間違いがあれば正していただきたいだけです」
「その態度が気に入らないの。わたくしは貴女を認めませんよ。
二つの謀反に深く関わったユナ・ローゼン。二度と宮殿に災いをもたらさないよう見張っていますからね!」
クロードは神経質そうに少しの眼鏡のずれを直しながら鼻で笑うとそう言って出ていった。彼の靴音が聞こえなくなるのを合図に、アンネと互いに眉を上げて見つめ合う。
「あんの、オカマじじぃ。好き勝手言って!ユナ、負けるんじゃないよ!」
「オカマって、先輩。ふふ、ありがとうございます」
執事長がいなくなった途端に口が悪くなるアンネはまるで自分がされたことのように怒ってくれるので、おかげでストレスは半減だ。
「ユナは何にも悪くないんだから!さっきみたいな毅然とした態度でいてね!」
「はい、……でもごめんなさい。私のせいで先輩までいつも悪く見られちゃうのは申し訳ないです」
「いーの、いーの!私なんてもうこんな歳じゃない?今から上を目指そうなんて考えてないし。執事長ったらきっと私の名前すら頭に入って無いのよ?
ある意味彼に注目されてるなんてすごいことじゃない!」
「そ、そうですかね?良い意味で注目されたかったですけど」
アンネの励ましに苦笑いで応えると、ふいに窓の外にいる衛兵らの声が耳に入った。
『何度言ったらわかるんだ!』
『はっ!申し訳ありません!』
「……あそこの新人もたっぷりしぼられてるみたいね」
中庭の回廊で上司に叱られている最中の若い衛兵の姿を目で追った。小言をつく上司に懸命について回る若い衛兵は謝罪を口にしているものの、目は負けたくないという闘志をギラギラと輝かせていた。
「……シン」
実はよく知るその衛兵の名をポツリと呟くとアンネは横にいるユナの顔をじっと見た。
「シン・ジャック・ローゼン。春から近衛兵に配属された噂の新人。……ローゼンって、あれ?もしかしてユナのお兄さんとか?」
じっと見つめられているのは『似てないけど』という疑問を持っているからだろう。自分とは違う赤毛に、ブルーの瞳はつり上がった強い印象の目元だ。そう、似てはいないがしかし兄には違いない。ユナは簡単に説明した。
「はい。血の繋がりはないですけどね、同じ孤児院の出身なんです」
「へーぇ!同じ出身で宮殿勤め一年目とはね。嬉しい偶然ね」
確かに、シンが士官学校へ入学してからずっと会えてなかった事を考えたらそうなのだが。しかし違う意味での偶然も重なっていたことから素直に喜べないのであった。
「なに?その苦笑いは」
「……いえ、その……悪い方の噂まで偶然に私と一緒なんてばつが悪いですから」
そう言うとアンネは大きな笑い声をあげてユナの背中をバシっと叩いた。
……本当に、これではリタおばあちゃんに会わせる顔が無い。と、ユナはため息をついた。