TOA 3

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「別に約束してる訳じゃないんだけどね。でも、もしも来て下さった時に、ここがあの時の思い出のままだったら陛下も喜ばれるんじゃないかな……と思って」

アンネは優しく丁寧に、踏み倒されたワイルドベリーの繁みを直していった。

何故か寂しそうに語るアンネを見て、どうしてだろうと思ったのだが。しかし自分たちは騒ぎを起こしたとして三日間の謹慎処分をもらっている。愉快な気持ちになれないのは自然でもあった。


「それで先輩は昇級も拒んでいたんですね。……ピオニー陛下のために」

アンネは肯定も否定もせず、穏やかに笑むだけだ。ピオニーに頼まれた訳でもなく、好きでやってる、ということにしたいのだろう。


『君と食べると格別美味しいな』と言ってくれたピオニーの笑顔が忘れられないらしい。……自分の知らないピオニーとアンネのエピソード。ここで働く者の数だけきっとあるだろう、そんなことは頭ではわかっていた筈なのに。何故か聞いていて、柔らかなアンネの表情を見ていると胸がざわついた。

だからだろうか、直していくアンネの隣には居たが、割り込んで手伝うという事は気が引けた。ここはアンネとピオニーの思い出の場所なのだ。

「あ、ユナ。そっちはあまり行かない方が良いわよ。豚さんのフンがあるの」

「はい、……でも何故こんなとこに豚?」

アンネの注意を受け下を見ると確かにそれらしいものが落ちていた。しかしここは宮殿の中。野生の動物がいるなんて考えられない。


「豚というか、ちょっとブウサギにも似てません?陛下はブウサギと一緒に散歩に来たりしてるんですかねぇ?」

「……さぁ。……わからないわ」

アンネの横顔に陽を隠した雲の影が落ちる。もしかすると陛下を待つアンネは報われていないのかもしれない、という考えが過った。

『君はいつもあの庭に?だとしたら感謝する』


ピオニーの言葉を思い出したユナはアンネを励ましたかったが、しかし誰かに呼び止められて中断した。


「おい、こんなとこで何してる!」

「シン!」

「また余計な事に首突っ込んでんじゃねぇよな!?」

どなり声で入ってきたシンはアンネが隣にいるのもお構い無しでユナに詰め寄る。心配してくれるのは良いのだけれどいつも言葉に刺があるからつい喧嘩になってしまう。

「余計ってなによ!シンだって何しに来たのよ、
捜査ならもう昨日の内に終わったわ!」

「俺は俺のやり方があるんだよ。煩いなぁ」

「ちょっと!そこ先輩の大切なワイルドベリーの芽を踏まないで!」

騒いでるユナ達を一瞥してアンネはクスクスと笑った。

「大丈夫よ、ちょっと踏んだくらいでこのこ達は枯れたりしないわ。
あなた達みたいにね、強いのよ。

シン君、気にせずいつでもここに来てちょうだい」

「……別に調べものが済んだら用は無いんですけどね」

「まぁ、そう言わずに」

ニコニコと距離を縮めようとするアンネに対し、シンは突き放した言い方をするのでユナはまたそれも癪に触るようだった。

「もー、先輩がせっかくそう言ってくれてるのに」
「いいのよ、ユナ」

いつもなら血の気の多いアンネ、しかし何故か今日はユナの方が逆に宥められてしまった。まるでいつもと立場が逆だ。
……シンの事になると自分も心配でつい感情的になってしまうのだから仕方がない。
シンは大切な家族だから。
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