TOA 3

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───ここで働く理由

(……あいつの笑顔を守るために。強くなりたい、ただその思いでやってきた)


宮中の警備にあたるシン。皇帝を守る筈の職務中に何を考えているんだと我に返り小さく首を振った。しかし雑念はそう簡単には振り払えないもの。次々に浮かぶ幼少の記憶。小さな世界の中で生きてきたシンにとって、浮かぶ記憶と言えば大切な孤児院の家族達だ。



『シン!シン兄!』

鮮やかに笑うユナの無垢な表情。その笑顔を奪った憎いエドガーはもういない。あの男より腕力も社会的にも強くなって抹殺してやるんだと、そう心に決めて生きてきた。しかし状況は自分の知らない所で一変……喜ぶべきなのだろうが、目的が急に無くなるという事に心が追い付かない。いつもユナを目で追い、その表情を曇らす理由を探り、その輩は誰なんだと見えない相手に怒りが募る。

新たな憎むべき相手を探してどうする。頭では自分の馬鹿げた行動を制御しなければと思うのだが、無意識にそうしてしまう。



(……あいつ、また浮かない顔)


パタパタと早足で回廊を進むユナを上階から見つける。
そんな駆け足なんてするから執事長のクロードに目をつけられるんだと心の中で余計な忠告が浮かぶ。しかしあのユナが単純に叱られただけでそんな表情は浮かべないということはわかっていた。


(誰なんだ……ユナの大切にしまう、その、胸の中にあるもの)


シンは小さく舌打ちをすると、視線を窓から逸らした。







──────「ユナ、陛下を見なかった?」

「えっ、えっと……」

マゼンタに呼び止められ肩をギクリと強張らせる。

「下手な嘘をつかないでね。貴女の顔に書いてあるんだから。知ってるって。
どうせ口止めされてるんでしょう?」

「う……。は、はい」

マゼンタは鼻先で笑う。馬鹿正直なユナを扱うのも容易いが、ピオニーの考える事も大体が想像できた。

「ボウルドヴィン公がお呼びなの。教えてちょうだい」

ボウルドヴィン……先帝の弟であり、現在は外務大臣でもある。ピオニーにとっては叔父にあたる人物だと、瞬時に頭で整理する。言わずもがな、公爵を待たせる訳には行かない。
「陛下はその、宿舎の庭でアンネ先輩と共におられます。」

「……。アンネ、ね」

「は、はい。……」

マゼンタはため息をつくと、人差指でユナの眉間をつついた。何を言われるものかと身構えるユナ。

「ネフリーを忘れなくて良いなんて言うべきじゃなかった?勘違いしたピオニーは他のところで羽を伸ばしてるようね。

貴女はそんな意味で言ったんじゃないのよねぇ?」

「……っ、別に。陛下がどう捉えようと結構ですから!」

意地悪だと受け取ったユナはマゼンタの指を払う。


「多忙の陛下のお心が癒されるのなら、……それが私たちの本望です。

失礼します!」


残されたマゼンタは小さく呟く。

「……本望ね。……いつも優等生でいるのは辛いわよ?


私にぐらい本音をぶつけてもいいじゃない」


自分も辿った道だからわかる。こんなときこそ仲間だと伝えたかったのだが、まるで過去の自分を見ているようでついおかしな態度になってしまった。回りくどい言い方は自分らしくなかったな、とマゼンタは卑下し苦笑いした。
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