TOA 3

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「貴女が新しい助手ですね。まさか一人?



はぁ、いくらいても人手が足りないって伝えた筈なのに。まぁ貴女に言ってもね。
いいです、ついてきて頂戴」


コツコツと固く冷たい廊下を歩く足音は一人ぶん。ベラベラと独り言を交え喋り続ける男の足音ではない。その者は宙を浮いていたからだ。


「先月は10人だったでしょうか?

すーぐ辞めちゃうのよねぇ、まったく。
そんなに待遇悪くないと思うんですけど。

言っておくけど生半可な気持ちでは貴女も続かないでしょうね。覚悟はあります?」


ヒールの高い靴を履き足早に声の主について行く女は静かにコクりと頷いた。


「辞めていくと言ってもね、まともな身体では返しませんよ。


一度足を突っ込んでくれたら最後。とことん私の実験体になってもらいますから。この天才ディスト様のね」


宙を浮かぶ椅子に座るその男は扉の前で止まり、後ろを振り向いた。趣味の悪い紅を唇にのせ、薄くニヤリと笑う。

「はい、構いません」

あとをついてきた女、サラ・レイニーは表情を変えることなく彼の要求に快諾した。
それを見て、くるりと前方に向き直したディストは遠隔操作で扉を開けた。
目の前に広がる譜業装置の数々、その中でも中心に置かれた楕円形の装置。実物を目にしたのは初めてであったサラは、ごくりと唾を飲み込む。

(……っ、これが大佐の……)


「サラ・レイニー。貴女は確か軍属だったそうですけど。研究職なんて勤まりますかぁ?」

圧倒されていたサラを見兼ねてディストは懐疑の目を向けた。


「勿論。カーティス大佐の研究は全て頭に叩き込んでいますから。

それに戦闘員としてディスト様のお役に立てればいつでもお使い下さい」


「……そう。


でも研究を途中で投げ出したあーんな奴を敬う必要はないから。むしろ踏み台に使ってやるつもりで来てくれなきゃ貴女なんて初めからただの実験要員ですよ?」


丸眼鏡の中の冷たい瞳はジェイドへの執着や劣等感、激しい憎悪など複雑な感情を湛えていた。


(ヴァンがどうしてこのディストの下に私を置いたか……。なんとなくわかる)


「はい。

私はカーティス大佐の先を行きたいと思ってます」


「……よろしいでしょう」

ディストとサラはここで初めて握手を交わした。
血の気の悪そうな肌と痩せすぎな指先らは想像のできない程に意外にもディストの掌は熱く感じられた。


──彼もまた大佐に生かされてる──

(……ある意味糧として、ね)

サラは可笑しく思い小さく笑った。
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