TOA 3

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「……んっ」

宿舎の自室に備え付けられたカーテンの隙間から陽が差していた。ちょうど瞼の上にかかったその眩しさで、ユナは目を覚ます。

朝日にしては眩しすぎる。違和感を覚えのそりと上半身を起こすと、時計の針が正午を過ぎを差しているのに気付いた。

「や、ヤバ……。

いや、大丈夫。今日は遅番だったはず!そうそう、冷静に冷静に……」

そう呟くが、そうじゃいられないと体は正直に反応を示すばかりだ。
思い出すべきではない昨夜の記憶が蘇る。発熱の原因になってしまってるそれを、今振り返るべきではないとわかっていた。

だけど、甘かったから。その記憶は拭い消すのは惜しいほど、ユナにとっては甘く痺れる程の極上な記憶だったから。
ダメだと理性が蓋をしようとも、頭はあの記憶の甘美を求めていた。 






─────

『ジェイドさん……』

花火に打ち消されてしまったあの言葉をもう一度伝えたい。唇と唇が離れた隙間に紡ぐ。

『おかえりなさい』

今度はきちんと、見つめあい真っ直ぐに伝えることができた。充足感がじわじわと爪先から駆け上ってくる。
だけど、欲張りな私はジェイドの眼が硝子越しだという事さえ惜しく思ってしまって。くだらない、ささいな願望が伝わってしまったのだろうか。ジェイドは眼鏡を外し、パチンと畳むとポケットにしまい込んで再びこんな私を見てくれた。

『ユナもう一度』

ジェイドが望むなら、何度だって。どんなシュチュエーションでも、求められるなら全て身を捧げてしまいたい。そんな欲に駆られる。
従順に唇を開ければ、言葉を紡ぐより先にジェイドの舌が入ってきた。

『んんっ…』

驚きで、くぐもった声が出てしまう。だけど素直に受け入れれば、すぐに緊張は解けゆるゆるとジェイドの舌の動きに呼応できた。

『ふっ……』
ジェイドはそんな私の反応を見ながら鼻で笑った。

『おや、私が知らない内にちょっと慣れました?』
『!?』

ジェイドの心底意地悪そうな表情。私を困らせて、反応を愉しむ余裕があるのだ。

『ピオニーに仕込まれましたね』
『!ちがっ……』
『では、誰と?妬けますねぇ』
『っ、そ、そういう事じゃなくて!』

くつくつと笑いながらも全てを見透かすジェイドの瞳から逃れる為に顔を背けた。

『じゃあ……ピ、ピオニーだったら良いんですか?』

反撃のつもり。だがおそらく、声は上擦っていたと自覚している。完全に負け戦だ。


『さぁ?』

この人は、本当に……。

『ふふ、良いですね。その目』

わからない人。
だけど、なんでこんなに惹かれてしまうんだろうか。
意地悪の全てに溺れ、藻搔くことさえ、息が詰まる程心酔する。

『ずっと見ていたい』

『んっ……』

再び始まる口付けは、まるで猛獣に噛みつかれているようなものだった。
息継ぎもどうしていたものか、忘れる程に。

苦しむ私の姿を捕食者の瞳に捕われ、ゾクゾクと肌が粟立つ。

『はっ、くるし……ジェイドさんっ』

トン、と抗議のつもりでジェイドの胸をたたくが抵抗も虚しく手のひらを奪われ、するりと指をからめられる。

『ん……』

乱暴な口内とは真逆に指を撫でられ、ユナは頭で何も考えられなくなってしまった。蕩けきった瞳をジェイドはキスの合間に見つめ、満足感を得る。

グランコクマから離れ、戦に身を投じていた自身への褒美。

これくらい貰っても良いだろうと簡単に肯定できるくらいジェイドの思考も停止していた。






──「いや、……ダメだって。ダメでしょう!!」

急に回想を断ち切ったユナは自分の行いを冷静に批難した。ベッドに横たわる枕に顔を突っ伏して。
あのままジェイドに身を委ねていたらどうなっていたんだろう……。
花火はまだ途中だったが、その後ジェイドの部下が呼びに来たおかげで二人の逢瀬は終わった。

そこから床にへたり込んだユナの記憶は曖昧だ。頭が沸騰しそうなくらい熱く、本当に熱があがってしまったらしい。

そんな回想をしてしまい、下がった筈の体温がまた上がるのは避けたいところ。仕事を放棄してしまった不甲斐ない自分を甘やかすつもりは無い。
先ずはマゼンタに謝って、次に自分の代わりをしてくれた同僚。まだ午後からの勤務時間には早いけど、誠意を見せる為に支度を始めた。
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