オリジナル
□卒業します1
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『先生、卒業しても先生は私の先生ですか──……』
一人の少女が桜吹雪の中で教師の自分に問い掛ける。頬を景色同様ピンク色に染めながら。
俺はあの時答えた。一転の曇りなく清らかな笑みを浮かべて、教師としての模範解答を。
『あぁ、もちろん。困った時はいつでも先生を頼りなさい』
しかし彼女の期待に満ちた表情が次第に雲って行くのを見たあの日から、俺の中で何かが少しずつ変わったんだ。
「ピピピ!朝です。4月1日、今日も素敵な1日になりますように」
スマホから100万人に向けた無機質な声音が俺を現実の世界へ連れ戻す。
某アイドル声優が365日違った台詞で朝を優しく起こすというアプリをダウンロードしてみたのだが、使ってみるとその声優を嫌いになるという害を与える代物だった。
荒々しくスマホの画面をタップすると乱れた布団の上へ放った。今でもそんなアプリを使い続ける理由はただ一つ。
独身の女っ毛の無い生活に憂いて、だ。
「……うー、いって……」
昨夜の歓迎会で飲みすぎたせいなのか、この時期になるとよく見る悪夢のせいなのかわからないが頭痛に悩まされていた。
重たい腰をあげて洗面所に行き、鏡を凝視すれば、目の前に見えるのは冴えない三十路男の顔面。こんなひどい顔をしていたのだろうかと、若干ショックを感じてしまう。
あの夢を見た後だといつものことなのだ。
何故ならばまだ自分がギラギラと情熱を持って教師をしていた20代の頃の回想夢だったから。
別に若い頃もイケメンでないことは自覚しているが、あの頃はもっと引き締まった顔をしていたなぁと思う。
適当に髭を剃って、身支度をするとアパートの窓から見えた駐車場に愛車が止まってない事に気付き舌打ちした。
「……めんどくせぇな」
自分以外に誰もいない部屋に向かって『いってきます』の代わりの言葉を吐くと最寄りの駅までだらしなく歩いた。
職場である市立中学校へは3駅分。
春休み中なので朝のラッシュ時と言えど身動きの取れない程ではない。
自分は今年度からこの学校に赴任してきた教師なのだ。この街に知り合いもほとんどいない。
だから周囲の目も気に止めない様子で大あくびをしながら、お気に入りの声優のブログチェックに勤しむ。
アイドル声優も如何にして男性ファンを得ようかと
中には際どい画像なんかもあるのだが。
自分の事など誰も気に止めはしない街だと、堂々と電車内でエロい画像も閲覧できてしまうのだ……何故かそんなことに優越感を感じる。全くくだらない。
……と、まぁ今の俺はこんなダメ人間で、今朝夢に出てきた熱血教師を目指していた頃の俺とは真逆で正反対である。
『先生、卒業しても先生は私の先生でいてくれますか?』
うん、答えはNOだ。
面倒なことは排除に限る。現在の生徒に手一杯なのに元生徒にまで構ってられる訳がない。
しかも下衆を極めた俺は、可愛い女子高校生なんかの生足を見てはときめくし。
もしもあんな美少女に告られたりしたらと、斜め前にいた子を眺めた。
綺麗なストレートの髪を揺らし大人びた女子高校生を見ては、朝からエグい妄想を膨らましていた。
普段から女子中学生を見慣れてるからか、2、3歳上の高校生なんかはやけに大人っぽく見える。さすがに中学生なんかにときめいたりはしないが、高校生は対象内だ。
(むしろ、この子はドストライク)
けしからん程長く伸びる脚を下から順を追って尻の方まで眺めると、他の通勤客の手が彼女の美尻を隠していた。
邪魔だと心中で舌打ちをするが、すぐに違和感に気付いた。
不自然な程にその手が視界を遮っているのだ。
(……あ、痴漢か)
朝からイケない妄想を膨らましていたのは自分だけでは無かったのだ。見ると、同じく冴えないおっさんが興奮して鼻を膨らましながら偶然を装って何度も美尻に触れていた。
可哀想な女子高校生。
先程まで凛々しかった横顔が、眉を下げた困り顔に変化していた。
あぁ、今俺が助けてあげれば惚れられてあわよくば、いつか美尻を生で堪能できる日が来るのかもしれない。
ヒーローは下心があってもそれを明かさなければヒーローだ。
俺は痴漢の手を掴んだ。