オリジナル
□卒業します2
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「だって三年間海潮先生の事が好きでしたから!」
「……」
ゴン、と自室のテーブルに額をぶつければ夢だということに気付き安堵した。
俺は最近新しい悪夢にうなされている。
以前の悪夢を二年越しで解放できたと思ったのも束の間、すぐに新しい悪夢に悩まされるとは。
しかも出てくる人物は変わることなく東雲彩世。
口の端から涎らしき後がついているのに気付き乱暴に拭い、ハルちゃんから誤字脱字のチェックをお願いされていたプリントを汚してなかったか確認した。
見ると、涎で一部字が霞んでいる。
「めんどくせーから、オッケーって事で」
スマホを手に取りハルちゃん宛にLINEを送った。勿論内容など知らないのに、だ。
直ぐ様返ってきた答えは『ありがとうございます!』に、ウサギがハートを飛ばす謎のスタンプ。
女はすぐに思わせぶりな態度を取るから嫌だ。単なる仕事仲間にハートを使うのは如何なものだろうか。奴らは平気で『可愛い』だの『好き』だの言ってくるが、男がいちいち期待してしまうことを考えた事がないのだろうか……。
「……好きって、どうせ違う意味なんだろ。俺は騙されないぞ」
いや、騙されそうになっているからこう何度も同じ悪夢を見るのだ。今回は眠りが浅く、直ぐに目を覚ましたから良かったものの、あの続きは恐ろしい事になるのだから。
飢えた獣のようになる俺を、潤んだ瞳で受け入れる東雲を心置きなく頂くなんて現実にはあり得ない夢。
俺は邪念を振り切るようにテレビの電源をつけると、大好きな深夜アニメを見ながら小テストの採点を始めた。
東雲と再開したあの日から数週間、既に新学期は始まっていた。
「つかさちゃんオハヨー!」
「お前らなぁ、名前で呼ぶのはいいけどせめて先生つけてくれよ。司先生だろ!」
車から出てきた俺に生徒達が気軽に話しかける。
「えー、だって先生らしくないんだもん」
「失礼なこと抜かしてんじゃねぇぞ、尻叩かせろ。こっちこい!」
「やだぁ。つかさちゃんエローい!」
「いこ、逃げよー」
クスクスと笑いながら逃げるあいつらは三年生の目立つ女子。担任でも授業持ってるわけでもないが、最近やたらと纏わりついてくる。
こんな風に親しんでもらえる事に悪い気はしないが、完全に友達扱いだ。
「海潮先生おはようございます。……お言葉ですけど尻叩きってセクハラになりませんか?」
後ろから声をかけて来たのはハルちゃんこと、木田玻瑠先生。額にうっすら青筋が浮かんでいるのが見える。
「じゃあ生徒に聞いてみて下さいよ、彼女らがそう感じているのならやめます」
正直、マジメちゃん系とは馬が合わない。なのに向こうからLINEでいつも親しげにしてくるのが腑に落ちない。
「私は海潮先生が誤解されないように注意してるんですけど!」
「ははは、それはありがとうございます。でも俺らが中学生になんて、あり得なくないすか?」
「……そ、そうですけどー、」
「俺的にはもっとこう、大人な魅力の峰不二子ちゃん的な?感じに惹かれるんでー」
「は!?何で海潮先生のタイプの話になってんですか?」
「あれ?ははは、本当だ」
そうそう、俺は中学生には見向きもしない。
もしも二年前のあの日、東雲の気持ちに気付いたとしても応えてあげることなど絶対にあり得なかったのだ。
……なのにあれから、電車に乗らないように避けていた俺は何故なのだろうか。
きっと悪夢のせいなのであろうと、逃げるように結論付けた。