オリジナル
□卒業します2
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「東雲、待てよ東雲!危ないだろ?」
想像していたより早歩きな東雲に小走りでやっと追いついた。
「私、大丈夫ですから。一人で帰れます!」
「そんなわけには行かないだろう!」
歩を緩めない東雲の腕をぐっと掴むと、反動で振り向いてしまった彼女の表情が視界に飛び込んで来た。
「今先生に顔見られたくないんです!ほっといて下さい!」
今にも溢れ出しそうな涙を必死で塞き止める瞳と、震える唇に釘付けだった。
先程の涼しい顔をして大人と戦った東雲とは別人のようで、しかし俺には懐かしい表情に見えた。
体育祭の最終リレーで女子ながらアンカーに選ばれた東雲が、期待されつつトップでゴールできなかった時の顔。その時の記憶が甦る。
「なんだ、ほんとは怖かったのか?いや、辛かったか?……とりあえず良く頑張ったと思うぞ」
俺はこんなときどう励ましていいのか分からず、頭をガシガシと掻きながら取り留めの無い下手な励ましを披露してしまった。
「……ぷっ!」
「は?」
すると、突然下を向いて震えたかと思ったら吹き出して笑い出され、
恥ずかしさと怒りが込み上げる。
「おまえに心配して損した!」
「アハハ、だって先生変わってないんだもーん!」
「何が!?」
「気付いてないんですね?今も」
「だから、何が!?」
次第に苛々も募ってきた。今目の前にいるこいつは小悪魔なんじゃないかと思う。
「困ると頭ガシガシ掻く癖ですよ!さっきめっちゃ掻いてた!」
「ーーっ……。くそ、ぐうの音も出ないわ、そうだな、うん確かに」
「アハハ、先生困らせてごめんなさい」
「本当だよ、大人からかうな。お前はもう生徒じゃないんだから!容赦なく怒るぞ?」
「うん、そうですね。じゃあ笑うのやめます!」
「そうしてくれ。あ、タバコ吸っていいか?」
「どうぞ。って、吸うんだ?先生」
「あぁ、あの頃は隠してた」
「ふぅん。
先生ってさ、私達生徒のためにいつも一生懸命でしたよね」
俺は自身を落ち着かせるためにも煙草を手にした。全く、これ以上こいつに心を乱されたくないのだ。
「あぁ、そうだな。匂いもバレないように朝ファブリーズめっちゃ振りかけてたな。
今はそんなことしないけど」
「うん、いつも頭ガシガシ掻きながら私達に一生懸命言葉選んで話しかけてくれてましたよね。
私だけかな?その癖に気付いてたの。
本当は困ってんでしょ、って」
「お前っ、人が悪いなぁ……言ってくれよ」
「だって、独り占めしたかったんです。私だけが先生の本音知ってるの、かなり優越感でしたから」
「……っ」
また、頭を掻きむしろうとしてしまう手をすんでのところでやめた。
もうからかわれるのはごめんだ。
「ゆ、優越感ってな、お前そんな子だったか?さっきも俵先生に噛みつくし、びっくりだよ俺は」
「真剣だったんです」
「……だから、からかわないでくれ」
「ふふ、はぁい」
俺は何度この子に告白されるんだろうか。そんな真剣な瞳で見つめないでくれと、やはり癖が出てしまい首の後ろを控えめに掻いた。
「先生、私ね。今度会ったら俵先生に謝らなきゃって思います」
「は?急にどした」
東雲は切なそうに微笑んだ。
「だって、私も彼氏がいるのに……今海潮先生に、
すごく……甘えたい気分になっちゃったんです」
潤んだ瞳の東雲を見て、ごくりと生唾を呑んだ。
衝撃は甘えたいと言うその気持ちではなくて、『彼氏がいるのに』という部分だった。
……やっぱり女はよく分からない。
「利用してくれるよな、お前も、伸子も」
「はい、すみません。先生にも謝ります」
「いいよ、謝らなくて。関係ないから」
冷たく付き離したような言い方になってしまったのは、やはり下心があったからなのだろうか?
「……はい」
それから、東雲を送り届けるまで俺らは一言も話すことはなかった。
仕方ないだろう。
だってこれが東雲の望んだ対等な関係なのだから。
俺はお前を生徒だと思わないから、取り繕うのはやめた。
今、胸くそが悪いんだ。