オリジナル

□卒業します4
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「悪いのは全部自分なんです。海潮先生も柳瀬先生も悪くないんです」


俺が冗談で言った『悪い子になったな』という言葉に笑っていた東雲は自ら『悪い子になってたの』と言った。

俺が言うのと自分で言うのは違うのに。
そう言わせてしまった俺は、軽々しく冗談でそんなこと言うんじゃなかったと後悔していた。


「私、間違ってました。
好きな人を手にいれるのが恋愛だと勘違いして。

高校で好きになった柳瀬先生に自分勝手に気持ちをぶつけて、気を惹くために色んなことをしてきました。

きっと……無理をしていたんだと思います。柳瀬先生に振り向いてもらえた時にはもう、私が私じゃなくて辛かったんです」


話を聞こうと静かな場所を選んだ筈だったが、誰もいない夜の公園は東雲が喋る以外の音はなく、やけに胸に響いて重くのしかかった。


「柳瀬先生はやっぱり大人で、私が気を抜いたらすぐに離れて行っちゃうと思ってました。
元々執着心のないクールな先生なんですけどね、付き合ってるとそんな不安ばかりでした。

でも、不安だなんて素振り見せませんでしたよ。
私の方が余裕だよって、そんなふりをしてました」


恋愛に多少の駆引きは必要なんだろうが、きっと必要以上に駆引きをして苦しんでいたんだと想像できた。


「でも、ある日柳瀬先生の秘密を知ってしまったんです。……私以外に彼女がいて、その人と婚約するって」

「はぁっ!?」

俺はさっきまで色々と想像しながら黙って話を聞いていたが、突然の展開につい声が出てしまった。
再びその柳瀬という野郎を殴りたい衝動に駆られ拳に力が入る。

しかし、東雲はそんな俺の手を見つめて優しく包んでくれた。

「大丈夫です、先生。私それが目を覚ます良い切っ掛けになったんです!
だから、怖い顔しないで」

「あ、あぁ。そうなのか?」

東雲は俺が落ち着くのを確認すると恥ずかしそうに自分の手を元に戻した。


「はい。冷めていく気持ちにも気づけました。無理して繋ぎ止めておく必要もないなって。

そして今まで我慢してきたこと爆発させてきました。……それがあの夜です」

「え、あの夜って?……まさか?」

「はい、俵先生と偶然会った昨日の夜ですね!

私とデート中に婚約者のとこに行こうとするんで、言いたい事言って喚き散らしたんです」

「……おまえ、別れ話はあれほど慎重にって……」

既に男の前で壮絶にやり合ってきたんだなと分かると脱力してしまった。忠告するために無駄に走り回ってた俺の労力は何だったのだろうか。


「ごめんなさい。でも、だから冷静に言葉選んできちんと柳瀬先生とお別れしようと思ったんですよ?

勿論二股されてたのは辛いんですけど、今までありがとうございましたって言いたかったんです」

「あぁ、それで今に至るのか?でも俺から見たら二人とも冷静に見えなかったんだけど」


歩道橋の上から見た柳瀬は東雲の細い腕を力一杯握り、視線を捉え、離さないというように見えたのだ。

東雲も痛みを思い出したのか、自分の二の腕を労るようにさすっていた。

「……はい、まさか柳瀬先生に引き留められるとは思ってなくて。

婚約したいって思える女性がいるんだから、私とはすんなり別れるって思ってたんです」

「つまり、婚約者の方を捨てるって?」

「……そういうことになりますかね」

自信無さそうに俯く東雲には婚約者から奪えて嬉しいとか、したたかな感情は全く無くて、やはり既に柳瀬と付き合うことに無理が生じていたのだから未練が無いように感じ取れた。

そもそも婚約者がいると知っていなかったのだから、巻き込まれた東雲は俺から見たら被害者のように見える。

しかし、相手側から見れば恨まれる対象だ。もしも婚約者にばれて容赦なく制裁でもされたらと思うと、俺の心配は頂点に達した。


「東雲!俺がお前を守るから、安心するんだ」


「えっ!?……え?」


勢いで両肩を掴んでしまい、赤くなる東雲の顔を見て急に我に返った。
冷静に考えるとなかなか恥ずかしい台詞を言ってしまったものだ。

慌てて肩から手を離す。

「いや、あの。……や、やっぱり俺も責任を感じてだな、だから協力するってことだ!変な意味じゃないぞ。

東雲が無事に安心できる恋愛ができるようにって願ってる」


「あ、ありがとうございます」

だから誤解だと言っているのに、東雲の頬は夜だと言うのにハッキリとわかるほど赤くなっていた。
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