オリジナル
□卒業します5
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それから東雲から折り返しの電話が鳴り出したのは深夜のことだった。
まぁ、先に何度も着信履歴を残していたのは俺なのだが。
「……」
しかしあれほど繋がれよと強く望んだ気持ちも時間を置けばすっかり冷めてしまい、今さら通話ボタンを押す気にもなれなかった。
スウェットのポケット内で震えるスマホを無視しながら、ふらりと立ち寄ったレンタルDVD屋の棚を目で追う。
いつもはアニメの棚の前が定位置なのだが、何もかも忘れさせてくれる刺激の強い作品を求め彷徨い歩く。
『教師×女子高生』
アダルトコーナーの前に立てられた旗が目に入り、蹴り倒したい衝動に駆られた。……いや、そう言うのは全く見たことが無いジャンルだとは決して言い切れないんだが。とにかく今一番考えたくない事柄を想像してしまい、気分は萎えるばかりだ。
「店員さん、こういう物は表の人の目につかない場所へ移動するべきです!」
同じく不快に思う他の客が旗の移動を店員に命じていた。
「はい、すみません」
「まったく、不健全な……」
まるで俺の心を代弁してくれるような他人の言葉に
少しスッキリできた。……それにしても真面目な客だな、と横目でチラリと見れば思わず大きな声を出してしまった。
「ハルちゃん!!」
「う、海潮先生!?」
そそくさとバックヤードの方へ向かう店員。俺達はアダルトコーナーの手前で身動きが取れなくなってしまい、気不味い沈黙が続く。
耐えられなくなったのは俺の方でまるで茶化すように口を開いた。
「なんだよハルちゃん、ずる休みだったのー?」
「は、ち、違います!午前中には熱が下がってしまったので。二日間も休んで有り余る体力を使わねばと、居ても立ってもいられず深夜補導巡回中なんです!」
「……へー。そりゃすげぇな」
警察官じゃあるまいし、教師がこんな時間に補導って……と突っこみたかったが。超真面目人間のハルちゃんだ、おそらく真剣なのだ。
「海潮先生にはたくさんご迷惑をかけました。明日からはきちんと仕事します!」
結構キツイ事言ったきり間が空いてたんだけど、ハルちゃんは特に気にしてないようで安心した。
「頑張りすぎるなよなー」
ポンポンと彼女の頭を叩いて去ろうとした俺のスウェットを急に掴んできたハルちゃん。
「いいえ、後悔したくないんで。頑張ろうと決めたら最後まで頑張ります!」
ここに置いてあるどんなつくり話よりも暑苦しい教師が今目の前にいることに、乾いた笑みがこぼれる。
「ははっ。金八先生かよ」
「えぇ、金八先生も大好きですし!教師が主役のドラマや映画は殆んど見ています!フィクションですが勉強になりますよ?海潮先生もぜひ」
瞳をキラキラさせるハルちゃんを見ていると本当に嫌気がさしてきて、つい苛めたくなるから困る。
「じゃ、あれでも一緒に見る?」
俺が指差したのはさっきまでコーナーの入り口前に立っていた旗で、店員は渋々と中に入れたつもりらしいが未だにこちらに見えていた。
『教師×女子高生』
「……な、何を言うんですか!!」
盛大に赤くなった顔をして涙目で俺を睨むハルちゃん。……眺めていると、ちょっとその顔にそそられる事に気づくが、無意識な彼女に指摘すべきではない。
「ごめん冗談」
「……海潮先生は冗談なのか本気なのか、信じていいのかよくわかりません」
「あぁ、確かにね。
まぁろくな先輩じゃないからほぼ冗談で受け取ってよ。じゃないと身がもたないでしょ?」
涙を指摘するように指を差すとハルちゃんは慌てて目を擦った。
「ははは、からかってすみません。失礼するねまた明日」
片手を上げて去って行く俺の背中をいったいどんな顔で睨んでいるのだろうか。また意地悪をしてしまったなど罪悪感など微塵も感じない俺は本当に最低な先輩だ。
ハルちゃんに睨まれた時のさっきの表情を思い出して感じる興奮。
こんな俺が柳瀬を悪だと非難していいのだろうか。
無意識に心を掻き乱してくる相手の方が悪ではないか?……身勝手な考えが頭に浮かぶと、店を出ながらスマホを操り何度もかかってきた東雲からの着信に応じた。