オリジナル
□卒業します6
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それから50分くらいかけて向かった先は最後の望みだった。ここが違えば柳瀬はわざわざもっと離れた場所で購入したか、若しくはネットで頼んだ可能性もある。……さすがにネットの中まで他人が調べることは叶わないのだから、諦める他はない。
同じように一人で入って行った東雲の背中を見送りながら俺は、ダメだったこの先の事を考えていた。
(こうなったら直接柳瀬に俺が問い詰めようか……その前に婚約者が東雲の前に現れないといいんだが……)
「先生!あってました!購入日も教えていただけましたよ!」
「本当か!そりゃ良かった」
「それが不思議なことに、先週の日曜に購入したとのことで。辻褄合わないですよね?」
「あぁ、おかしいな。婚約者がいたってのはもっと前からお前も知ってたんだろ?……そのリングは東雲を脅すために購入したとしか思えないな」
東雲は大きなため息をついた。
「わざわざそんなことを……。
私店員さんが隠そうとしてたんですが値段見ちゃったんですよ。エンゲージリングよりはやっぱり高くないんですが、
ブランドのものだから良い値段はしてました」
「恐ろしくて俺は聞かないことにするよ」
「はは、そうですね」
少しだけ肩の力の抜けた俺らはそんなことを話しながら自分達の住む街へ帰ろうと、駐車場まで歩いた。
いくら絆創膏を貼ったとしてもそろそろ足の限界も近いだろう。東雲の歩幅に合わせた。
「そう言えばおまえ陸上部じゃねぇか!インターハイ近いだろう?大丈夫なのか、足」
「そうですけど、こっちをキッチリ終わらせないと部活に集中もできません。……まぁ、顧問が柳瀬先生なんで、どっちみち集中できないか」
「よりにもよって顧問かよ……」
「……」
最悪だなと、俺は小さく呟くが、東雲は苦笑いをするしかなかった。まぁ俺が状況を恨んでも今さらのことであって、生徒の東雲がどうにもできないことは確かなのだから。
「さて、これからが肝心だよな。お前の学校生活を崩すことなく柳瀬と個人的な交際を断ち切ることを目指すんだから」
「先生、そんなことってできますか?……私、不安です。
指輪のことでもう脅されたりはしないけど、部活に授業に……柳瀬先生と関わらない日はないですから」
「そうだな。……結局は言葉で納得してもらうしかないんだが、作戦を練らなきゃ一筋縄ではいかなさそうな人物だ」
勢いで向かっていってもダメになる。一度直接対峙した時に感じたことを思い出す。慎重になるのは間違ってはいないだろうと思った。
しかし、考える時間も与えない運命の悪戯はまるで東雲の人生をことごとく邪魔をしているようで、この時俺は激しく恨んだ。
「彩世?どうした、こんなところまで」
「……あ、……っ、」
聞き覚えのある声に俺より早く後ろを振り向いた東雲は、そのまま硬直した。
「柳瀬!」
「大事な時期なんだから、無茶をするな。さ、俺の車で帰ろう」
まるで俺をいないように扱う柳瀬は東雲の腕を掴むと自分の方へ引っ張った。
しかし大人しくそうはさせない東雲は静かに手を振りほどくと俺の後ろに隠れ、戦う意志を見せているようだった。
「……海潮先生と、帰ります」
彼女が戦うならと、覚悟を決めた俺は柳瀬という虚偽の塊のような人物を象徴するリングを握りしめた。