オリジナル

□卒業します7
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「じゃあ」

「さようなら、先生」

「うん、部活もだが勉強も頑張れよな。高3なんだから」

「わかってます。……先生も頑張って下さい」

「おうよ」





────確か、別れの際はそんなことを話したような気がするがあまり覚えていなかった。
自宅まで着いた俺はあまりにも中身の濃い一日に、何から振り返って思い出せばいいのかわからない程だった。


ただ、お礼を言わなきゃならない人がもう一人いたなと思い出し、スマホをポケットから取り出した。


「───あ、もしもし信子?
昨日はありがとな。あまり詳しく話せないけど助かったよ」


教えなさいよと喚いていたけど東雲のことを言えるはずもなく。信子は結局空気を読むやつだからすぐに諦めたようだった。


「あ、あとさ。お前、婚約者を大事にしろよ?この俺がせっかく式に出てやるって言ってんだから破談とか無しな!」

「ちょっと縁起悪いこと言わないでよ!

……ってまぁ、最近お互いマリッジブルーってヤツだったんだよね。ぶっちゃけると」

「あぁ、前に飲んだ時もなんか愚痴ってたもんな。
なんて言ってたっけ?」

「彼私にさほど興味がなさそうなの。妬いたりもないし、私が仕事続けるのも良いって言うし」

「なに?妬いてほしいの、仕事やめてって言って欲しいの?……そういうの言ってくれなきゃわかんないんだけど」

「えー!やけに婚約者の肩をもつわね!知らないくせに!」


別件なのだが、柳瀬のことを思い出してわかったことがあったのだ。賢い大人の女性はいまいち何を考えているのかわからなくなり馬鹿な男は不安になるのだと。
遊びで付き合うにはいいが、結婚となると本音をさらりと言ってくれた方がわかりやすくて……そして可愛いく感じる、そんな女が安心できる。

柳瀬の婚約者もきっと分かりづらい女だったのだろう……。
だから、急に本音をぶつけだした東雲が可愛くて天秤にかけたら勝ってしまったんじゃないだろうか。



「同じ男だからな。わかるよ。……それに信子の元彼だしさ、俺」


「……そうね。

……あのさ、私は考えてた時期もあったんだよ。司と結婚するんだろうな、って」

「ごめんな、気付いてやれなくて。
俺は器用じゃないから仕事と将来のこと同時に考えられなかったんだ。
でも、……お前を責めるわけじゃないけど、言ってくれてたら未来は変わってたかもしれない」


「そっか。……うん、そうだね。

素直にならなきゃね。私の方から本音を話してみるよ!
あーぁ、年取ると無駄にプライド高くなっちゃって嫌ね。確かに女の気持ちわかってよって怒るより、伝えるべきよね。

……ありがとう司」


「そうしてくれ」



幸せになれ、と願いをこめて信子との電話を切った。

他人のこういう事に首をつっこむなんて俺らしくない行動だったが、伝えて良かったと思えた。

教師としてだけでなく、いつか人間として恥じない生き方ができればいい……と、途方もない目標を掲げそうになったところで、再びスマホが鳴り我に返った。


『先生の卒業を待ってますって言いましたけど、間近で見ていてもいいですか?』


東雲からのラインだった。
間近で見る、ということが正直よくわからなかったので聞いてみた。


『どういう意味?』


すると、5分おいて返事がきた。
『このまま好きでいてもですか?という意味です』


若さ故の正直さに目眩がするようだった。

さっき、信子に伝えたばかり。素直さが可愛いとはこういう事なのだと実感せざるをえなかった。



「……さて、どうしたらいいものか」

新たな悩みの種が見つかってしまったと、頭をポリポリと掻いた。

いくら考えても見つからない返事の言葉に、しまいには諦めそのまま携帯の画面を閉じた。
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