オリジナル
□卒業します8
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暦は春から夏に移行したばかり。しかし今日の気温は7月上旬並で、照り付ける陽射しは夏そのものだ。ここは県営の陸上競技場。眼前に広がる煉瓦色に塗られたトラックは陽で温められ、今俺が立つ観客席にまで熱風を届けていた。
紫外線から目を守るためと理由をつけ、かけてきた似合わないサングラスを外して目当ての選手を見る。
視線の先には無造作に結んだポニーテールを揺らしながら緊張感で引き締まった表情を浮かべる東雲彩世の姿。軽く足首手首を回し、トラックのスタートラインについた。
スターターピストルの音と共に走り出した東雲の姿を目で追う。800メートルという中距離を走る東雲の綺麗なフォームと走るために整った肉体に、いつしか釘付けになってしまっていた。
「……」
それは決していやらしい意味でなく、中学生の時からの成長を喜ばしく思う気持ちや青春を全うする眩しい姿を感じていたのだ。
17歳、高校生活最後の大会になるだろう。
4着でゴールした東雲の顔は順位に納得したようなスッキリとした笑顔だった。これが彼女の本来の実力なのか、顧問とあんな事があった後だ……そうでなかったとしても東雲の表情は晴れ渡っていた。
「東雲先輩お疲れ様でしたー!」
「彩世 頑張ったね!」
「ありがとう!」
競技を終えた東雲に部活仲間が声をかけ囲む。そんな様子から三年間の部活動は良い思い出に残るものだったろうと想像でき、安心して再びサングラスをかけた。
『……良かったな、東雲』
客席とトラックを分ける手摺に預けていた上半身を離すと、ポケットからタバコを探しつつ競技場を後にした。
「東雲……、お疲れ様」
「……柳瀬先生、三年間御指導ありがとうございました」
初夏に相応しく髪を短く切り揃えた柳瀬は生徒である東雲に声をかけた。散髪した経緯はわからないが、気持ちの切り替えを東雲自信も感じ取ったようで、曇りの無い心からの礼を述べた。