オリジナル
□卒業します8
5ページ/5ページ
お酒も入り、かなり遅くなってしまったのでハルちゃんを自宅まで送る事にした。互いに酔ってはいたが、話す内容が全く色気の無いものなもんで俺が送り狼になることはない。……いや、もしもハルちゃんがサインを出してくれるもんならとも一瞬考えるが。あのハルちゃんなのだからそれはあり得ない。
「……っと、大丈夫?」
「痛っ……」
目の前で盛大に転ぶハルちゃん。あまり飲み慣れてないのだろう、あんな少量のアルコールで足にきていた。
「手、擦りむいてるじゃん。えーと、ハンカチハンカチ……なんてあったっけ?」
普段持ち歩かないが、ポケットに違和感があったから取り出せた。
「あ、ありがとうございます」
(……って、ヤバ。東雲のやつだった)
弁当を包んでいたハンカチを取り出してしまったけど、知らないハルちゃんは何も疑わず受けとる。
「海潮先生って、思ってたよりきちんとされてるんですね……何だか見なおしました」
「え?あぁ、ハンカチ持ってるの?たまたまですよ」
「いえ、それだけじゃなくて。……ふふ、まぁ良いです。明日洗濯してお返ししますね!」
「……」
『教師として』『人間として』と、ハルちゃんは言いたかったのだろう。照れくさくなって、その日はそのままそっけなく別れた。単純なのだが、今かなり気分が良い。自分のアパートへ帰る途中で東雲にお礼のラインを送った。
『弁当ありがとう、美味しかった』
とっくに0時をまわっていたにも関わらず既読の文字。透かさず向こうから電話が鳴って出た。
「先生!食べてくれたんですね!」
「もらったもん食べないわけないだろう。てゆうか、こんな時間まで起きてたのか?勉強だったら許すが学生は早く寝ろよ」
「……ふふ、先生は酔ってますね?」
「あぁ、せっかくお前の身体に良さそうな弁当食べたのにな。明日は胃もたれコースだ」
「また作りますよ。電車で行く日は教えてください!」
「……いや、もう充分だよ」
おそらくハルちゃんに誉められたばかりだったからだ。教師として、男として、いつまでも大切な元教え子の東雲に期待は持たせてはいけない。そんな思いが酒の力を借りたこともあってやっと口から出せた。
「東雲を心配したり大切に思う気持ちはやはり、元生徒だからだ。教師として当たり前の気持ちだからいちいちこんなふうに感謝される事は申し訳なくてな……」
「……め、迷惑でしたか?
今更ですけど……先生好きな人とかいるんですか?」
ぽつりと呟いた東雲の声に心が痛む。今傷つけてるのはわかるが、しかし乗り越えないといつまでも東雲の大事な青春は俺のせいで潰れていくのだから。
「いや、そういう訳ではないんだけど」
「じゃ、じゃあ明日も作ります。毎日、会えなくても二人分持って電車で待ってます!」
「違う、わかってくれ……俺のためじゃなくて同世代の男子とか友達とかな。もっと周りを見て高校生らしい恋をして欲しいんだ」
「……」
「大事な青春時代をもう俺なんかで潰すな」
「……はい、って私が納得したら先生は教師として自信が持てるんですか?」
苦汁の決断、渾身の思いをぶつけたつもりだったのが、東雲からの返事は俺の考えが浅はかだったと思い知らされただけだった。
「い、いや……」
「私が同級生と恋したら先生は教師として嬉しく思うのなら、
私はそうします!……だって先生のことが好きだから!」
「違う、そうじゃない。俺は自分の為におまえの幸せを願ってるんじゃないんだ!」
自分の失態を気づかされどんどん収拾がつかなくなるのを焦り、思わず声に怒りが込められる。勿論東雲に罪はない、俺自身への怒りだ。
「……先生、好きな人にお弁当作るのって楽しいんですよ。
それが報われなくても既に幸せを感じていて、誰かをこんなに好きでいるって苦しいし楽しいって……これが青春じゃないんですか?」
「……東雲」
「海潮先生が好きです、……だから、じゃあ先生の為に私は精一杯同級生と恋をしますから!それでいいですね!?」
……と、通話はそこで切れてしまった。
うまく弁明できなかった。酔っていたことが仇になったと、悔しい思いが募る。
いっそ、好きな人がいるんだと嘘をつけば良かったのだろうか。そんな卑怯な頭で俺は何故かさっき別れたばかりのハルちゃんの笑顔を思い出していた。まるで逃げるように。