オリジナル
□卒業します9
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幸せの象徴のような鐘の音が柔らかい陽に包まれながら教会の中に響き渡る。
目の前には純白のドレスに身を包み、白いヴェールを被ったハルちゃん。
30を過ぎた自分に若い嫁がきてくれて顔が綻ぶ俺の両親や親戚。
ずいぶんと都合の良い映像を見せてくれるもんだと、夢の中であるのに冷静な自分は乾いた笑いを浮かべた。しばらくして、誓いのキスを促されハルちゃんの顔にかけられていたヴェールを取るとハルちゃんは苦い顔をしていた。
「……これでいいんですか?」
その一言が胸を刺し苦しくなり、その場に踞ると手を差しのべてくれたのは制服姿の東雲で。その手を握っていいものかと床を見つめて悩んでいると頭上から東雲は蔑むように囁いた。
「彼女を利用して逃げる気ですか?
私も彼女も傷つけることになっても、それでいいんですか?」
はっ、と気付き目を開ければ暗い自室の天井に焦点が定まる。夢だとわかっていても見たくないものを見せられ胸糞が悪い。どうせなら途中まで幸せだったあの夢を最後まで見せてくれよと思った。
──────「おはよーつかさちゃん!」
「おはよ」
車で出勤した俺が駐車場から職員玄関まで歩いていると、朝練を終えた運動部の生徒達が爽やかに挨拶をしてくる。中学生も県大会を控え練習に励む、そんな時期だ。
「つかさちゃん目の下にクマがあるー」
「あー、徹夜ゲームだもんな仕方ない」
「エロいゲームでしょ〜?」
「俺はゲームにエロは求めないの!」
「海潮先生!そういう返答は教師として如何なものかと思われます!」
後ろからそう声をかけられ、ギクリと肩を上げる。振り向くと額に青筋を浮かべて仁王立ちするハルちゃんがいた。生徒達はハルちゃんの怒りが自分等の方へ飛んでこないようにと蜘蛛の子を散らすように退散して行った。
「……ハルちゃん、おはよー。そっちはぐっすり眠れた?」
「おはようございます、海潮先生。えぇ、ご心配なく」
おかしいな、昨夜は随分と打ち解けて褒められたばかりだったのにと考える。もしかしてそれも夢だったのだろうかと目を擦ってみた。
「これ、お返しします。ありがとうございました!」
そう言ってハルちゃんが差し出したのは貸していたハンカチだ。
洗濯とアイロンまでかけられた折り目も美しいハンカチを目の前に、やはり現実だったと安心できた。
ハルちゃんは根っからの真面目人間なのだ。俺の全てを知って褒めてくれたわけじゃない。教師としての一部分を知ってもらっただけだ。
「わざわざどうも。
また飲みに行きましょうねー!」
「せ、生徒達が聞いてるかもしれないのに!今言うことですか!」
顔を赤くして憤るハルちゃん、そんな表情に昨夜の酔ったハルちゃんの顔を思い出した。俺もまた彼女の一部分しかまだ知らない。
「すんません、……で、お返事は?」
「〜〜っ、は、はい。それは…またぜひ…」
そりゃ利用する形で彼女に手を出してしまえば罪悪感に繋がるが、しかしこのまま少しずつ好きになればそれは良いことなのかもしれないな……とそんなことを思った。