オリジナル

□卒業します10
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「おはよー、山井君」

「……」

部活に入っていない野上がのんびりと登校してきたところに、朝練を終えた山井が廊下ですれ違う。山井としては呑気に構える姿も気にくわないのだろう、いつもは挨拶程度なら交わしていたのに無視した。

勿論昨日の夕方の事など知らない野上は何で無視されたのかわかるはずもない。たまたまそんな姿を見てしまった俺はハルちゃんに相談する前に体が動いた。

「よ、野上。おはよー」

「海潮先生おはようございます」

きっちりと足を止め会釈までする野上はどの教師に対しても変わらない態度、そんな生徒だ。

「ちょっといいか?朝のホームルームまで15分」

「え?は、はい」




──────社会化準備室の鍵を開ける。ひんやりとした空気の中、初めて二人きりでこんな風に話すものだから野上の方は緊張……と言うか怯えているようにも見えた。

「緊張しないで大丈夫だ、今から叱られる訳じゃないし」
「違うんですか!?」

「んー?何かやましいことでもあったのか?」
「あ、いえ!ははは……」

少しばかり緊張をほぐしてやった所で、
俺は昨日の夕方あったことを野上に話し、朝の山井の態度を説明してやった。


「──……すまんな、こんなことに巻き込んでしまって。俺の方からも山井の接し方には注意するから、他に変な事があったらすぐ俺ら担任に言ってくれな!」

「……っ」

精一杯言葉を選んで安心させようと試みたつもりだったが、野上は黙ったままポロポロと涙を流し始めた。慌てて俺はポケットを探りハンカチを差し出す。……それは東雲から借りたものであったが仕方無かった。

「勉強もな、無理しなくて良いんだぞ!木田先生が勝手にあぁ言ってるだけだからお前のペースで良いんだ。変なプレッシャーは感じなくて良いから!」

「ちが……違うんです……」

「ん?」

ハンカチを借りてごしごしと目元を擦った野上は深呼吸を一つして話し始めた。


「……こんな僕を、木田先生は信じてくれてるんですね。本当にく、クズなのに……」

「クズじゃないだろ、ハルちゃんが懸命に反論してくれたんだ。お前自身ももうそんな思いは捨てろ」




涙の訳は俺の思ってたのと違った。


「僕、頑張りたいです……。
山井君に認めて欲しいからじゃありません。……僕自身でそう証明したいです。木田先生の気持ちも無駄にしないように」

「うん。やろう、野上。俺も信じてる」


頷く野上の頭をポンポンと撫でる。鼻水混じりの涙を吸い取るハンカチは、東雲にすまないと思いながらも大活躍だった。



15分では終えられなかった俺と野上は一時間目には間に合うようにと急いで準備室を出た。一時間目はハルちゃんの担当する数学だ。

「野上君を連れ去ったってのは海潮先生だったんですね」

「すみません、遅刻扱いにはしないでやって下さい」

「はい勿論。
全員揃ったので、授業の前に私からお知らせがあります」


そう言ってハルちゃんは教卓の横に立て掛けてあった模造紙を開いて黒板に張り付けた。手書きで書かれたそれは時間割のようなもので、教科の下に教師の名前が添えてあった。

「今日から期末試験前日までの間、補習授業を行うわ。参加は自由、希望したい人は後で職員室に来て下さい。
何か質問のある人!」

「テスト出るとこ教えてくれるのー?」

「いいえ、今回のテスト作成の先生には
お願いしてないからそれは無いわ」

ざわざわと騒ぎ始める生徒達。その中で俺もちゃっかり挙手してみた。

「……何ですか?海潮先生」

「俺の授業多くないっすか?しかも英語と現国もって、担当教科じゃないしおかしくない!?」

一応社会を教えてるんですけど……て言うか、聞いてないんですけど、と苦笑いを浮かべながら勝手に決めたハルちゃんに抗議した。

「海潮先生部活の顧問も忙しく無さそうですし、お暇そうでしたので」

ハルちゃんの痛い突っこみに反論できず、挙げていた手を降ろして渋々承知した。クスクスと笑う女子達に、眉間に皺を寄せた顔を向けといた。
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