オリジナル
□卒業します11
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衣替えをしたばかりの張りのある白いシャツを着こなした生徒達が、学校の門へと吸い込まれて行く。今日は朝から快晴。梅雨入りのニュースを耳にしたばかりなのに雨雲など一切見えなかった。
「野上!」
朝から走ってきたのか背中に汗を滲ませながら自分を呼ぶ友人に、ゆっくりと歩いてきた野上は目を丸くした。
「おはよう、山井君。どうしたの?朝からジョギング?」
無視から嫌がらせに、腹の立つことはあるだろうにと山井は爽やかに挨拶をしてくれた野上に疑問を持つ。俺ならぜってー許さないのに……それは尊敬に似た感情も入り混じっていた。
「違うよ、お前の姿見えたから走って来た。あいつらも、今着く」
後方を指す山井の指先を見れば学校前の坂を苦しそうに走る、山井の仲の良い友人達がこちらに向かっていた。訳がわからない野上は首を捻る。
「あいつら、お前に謝りたいんだってさ。……っ、あの、俺も。……お前のこと無視したりして悪かったな」
少しだけ頬を上気させながら山井は額についた汗を腕で拭ってそう言った。野上は笑いながらポケットに入っていたタオルハンカチを差し出す。
今時の男子が持っているのが珍しいそれを山井が笑いながら受けとった。
「サンキュー。でもお前どこまで真面目なんだよ!母ちゃんかよ」
「こないだ海潮先生に借りてさ、結構使えるんだ。海潮先生が持ってる方が意外じゃない?」
自分が使った時は涙だったとは言わないが、なんとなく山井はそう感じたのだろう。拭う顔は申し訳無さそうに眉間に皺を寄せた。
「……俺とハルちゃんが勝手に決めたテストの勝負、知ってる?」
「うん」
「……あ、あのさ」
素直に謝るには良いタイミングだった。『クズ』と影で言ってしまったこと、言葉を選んで口を開けた瞬間に野上がそれを遮った。
「木田先生が勝手に始めたことだけどさ、僕はこの勝負楽しんでるよ?
何でもできる山井君に勝負挑むなんてこんな機会がなければ無かっただろうしさ!」
野上はこんな自分を評価してくれる。そんな懐が深い野上に感謝し、今まで見下していた事を反省して改めた。自分には無いものをたくさん持っているんだ。
「そっか。じゃあさ、マジで俺ら勝負しようぜ!!
俺も今日から補習でることにするからさ、お前も来いよな!」
そんな誘いをしたばかり、ちょうど良いタイミングで坂道を走ってきた友人らが到着。イタズラ書きした行為を一斉に謝罪してきた。
噂は既に広まってしまっていたけれど、責任を持って消しに回ると約束してくれた。
─────教師も知らない始業前のそんな出来事。しかし目の前に見える山井と野上が補習授業に着席しているところから事情は容易に想像できた。
しかしあえて何も知らないふりをして教壇から全体を見渡す。
「今日も俺の補習授業は大盛況だな!この俺がタダで教えてやってんだ、お前ら全員社会は20点以上上げるように!」
「司ちゃん金とらないの普通だからー!」
「20点はムリー!」
自由にブーイングする生徒達。その中で山井が放った一言。
「中間テスト80点だったけど、100点取れってこと?無理ゲーかよ」
隣に座る野上が驚愕の目で山井を見る。
「すごっ……」
80点なんて取れたことは無い。野上の反応を見て山井は得意そうに口の端を上げた。しかし今までの野上とは違う。同じように口元に笑みを浮かべながら、
「でも負けないよ」
と宣戦布告した。
「おぅ」
互いに長所を認め会う友人。野上と山井は対等になっていた。
そんな様子を教壇から見て嬉しさが込み上げる。くるりと黒板へ向き直し授業を始める。補習のつもりがつい本気で指導に熱が入ってしまうのは致し方なかった。