オリジナル
□卒業します1
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「おつかれーしたー!」
運動部の威勢の良い声があちらこちらで聞こえ、グラウンドに夕陽が射していた
遠くに見える部活顧問中の同僚に会釈をしながら駐車場を目指して歩く。
そう言えば部活顧問の引継ぎなどなかったが、俺はセーフなのだろうか。あんな面倒で金にならない仕事は願い下げなのだ。
鞄を入れるためにトランクを開けると、置きっぱなしになっている付箋だらけの本が目についた。『初心者の硬式テニス』
軟式やってましたと言った筈だが何故か顧問にされた若い頃の記憶が蘇った。しかしあの頃はがむしゃらに進むことに躊躇なく、こんな本見て勉強したもんだ。結局弱小チームに金星はなかったが充実感も感じていたのだ。そう、無駄にね。
朝からあの夢を引きずって、思い出したくない事ばかり頭に浮かんでくる。
これ以上見たくないとばかりにトランクを閉めると車から背を向け歩いて学校を出た。こんな日は呑んで忘れるに限る。
向かった先は最寄り駅前の繁華街。
昼間は身を潜めていたネオンが急に主張を始める、そんな時間帯だ。
時折客引きに声をかけられるが無視して一人でも気兼ねなく呑めそうな店を探す。
「ね、君なら年齢は誤魔化せそうだし問題ないよ!時給も普通のアルバイトより良いと思うよー!」
「だから働きませんって!離して下さい!」
今日は朝からずっと悪夢にうなされているようだ。
こんな繁華街に似合わない少女がキャバ嬢のスカウトにつかまっていた。
「離してやって下さい、俺の生徒です」
「……先生!?」
男は早々に立ち去り、残された俺と少女の関係は教師と元生徒。周りに奇異の目で見られるのを恐れてそこを強調した。
「東雲はこんな場所でフラフラするような子だったっけ?」
「あ……う、ごめんなさい先生」
「とにかくここを出よう。車ないけど危ないから送ってくよ」
「はい。すみません」
隣を静かに歩く東雲はやはり精神面でも大人になったのを実感させられた。朝わからなかったのも不思議ではない。たった二年で女子はこんなに様変わりするものなのか。
東雲はもっと無邪気な感じだったよなぁ。
「なぁ、お前こんなに大人しかったっけ?」
「え、普通じゃないですか?……先生こそなんか意地悪になってません?」
「はぁ?俺が?……痴漢から守ったあげく補導してやってんだぜ?」
「あ、ほら言葉に棘があります!……なんか面倒な感じ出してるし」
「そりゃ元教え子がこーんな不良になっちまったら態度も表に出るわな」
「不良じゃありませんって!」
駅の構内に入れば周りの視線も気にならなくなり、中学生の時とは少しだけ距離の縮んだ会話をした。
「先生の家は袴田東でしょ?」
「何で知ってんの?」
「今朝先生が乗って来てすぐ気付きましたから。……先生は私に全然でしたけどね」
「え、あーいやいや、お前じゃなかったら助けてなかったでしょ?」
「ふふ、先生嘘が下手です」
「バレたか。すまん。あんまり綺麗になってたから気付かなかったんだよ」
脚やら尻やら眺めたあげく、あらぬ妄想をしていたことは絶対にばれないようにしたい。
「……。先生、うちは袴田南駅です」
「あぁ、そ?んじゃ降りようか。てか、俺んちと隣駅だったんだな」
「うん……」
何故か再び無口になった東雲にどう接していいのかわからなくなる。
駅から出ると静かな通りへ入っていくが全く会話が弾まない。二年ぶりの再開で教師として聞きたいことは山ほどある筈だが、あの頃の俺じゃない。
女子高生って生き物は何考えてるのかよくわかんない面倒なものだと平気でそんなことを思っていた。
「先生、アパートここですから。ありがとうございました」
「うん、じゃあ元気でな。もう補導されるようなとこ行くなよ!」
「……はい」
俺が当時手塩に掛けた大事な生徒も、二年も経てばこんなもんかと思い、素っ気なく別れた。
今年もまた新年度が始まる。
適当にやって問題なく過ごせば子供たちは勝手に育ち、卒業し、そして俺を忘れていくのだろう。
そんなもんだ。だとしたら教師って仕事は……
「待って!海潮先生!」
「何?」
既に歩いて距離があったが、後ろから呼び止められた。
嫌な考えが頭に浮かんでいたので、ちょうど良いタイミングでもあった。