オリジナル
□卒業します4
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「ピピピ…おはようございます。今日のラッキーカラーはビビッドイエロー!素敵な一日をお過ごし下さい!」
「……」
朝から軽快な声音で起こしてくれる某アイドル声優は三十路男に派手なカラーを勧めてきた。このアプリの製作側はいったいどんな奴らを対象に作ってんのか。
いや、ダウンロードした俺が対象からかけ離れた存在なだけなのか……と、朝から卑屈な気分にさせられた。
そんな朝なのも3割ほどはこのアプリのせいなのだろうが、残りの全ては昨夜聞いた重たい話のせいだろう。
現実の影響を受けやすい俺の夢の中は東雲と柳瀬という野郎で埋め尽くされていた。
俺は熱血教師でも、お人好しになったつもりもない。しかしあいつがこうなったのもやっぱり俺のせいなんだし、しばらくは悩まされる事に寛容になろうと心に誓った。
プライベートに力を入れすぎてつい仕事を忘れがちになるが、今朝もまた思い腰をあげて職場である学校へと向かった。
「おはよー。騒がしいけど何やってんの?」
「あ!つかさちゃん、こっち来て!ハルちゃんが変なんだよ!」
廊下で騒いでいるのは自分が副担を受け持つ生徒達だった。
指差すその先には千鳥足で歩く担任の木田玻瑠先生だ。
「なんだ?フラフラじゃねぇか」
「そういえば!
ハルちゃん昨日グラウンドに水撒こうとしてホース破裂させたんだった。
着替えがないとかでずぶ濡れのまま帰ったんだって!」
「マジでー?笑える!」
「おっちょこちょいだよな」
「いやいや、笑うとこじゃないから」
俺は笑う生徒の頭をチョップして、おそらく風邪で発熱中であろうハルちゃんに近付いた。
「おーい、ハルちゃん生徒に心配されてんすけど?素直に休んだら?」
「……はい?……あー、司先生、おはようございます」
普段なら下の名前でなど絶対呼ばない俺の事をそう呼ぶので、熱は高いことがわかった。
なんか身なりもちぐはぐで、スーツの上下が違う上に似合わない派手な黄色のスカーフを巻いていた。
黄色……そう言えば、と今朝の目覚ましアプリを思い出した俺は嫌な予感がした。
「あ、おい!ちょっと!!」
ハルちゃんは項垂れるように頭を俺の胸の中に埋めてきたのだ。
「キャーー!」
「……いや、キャーじゃなくて黙ってろっつぅの。
おい、しっかりしてくれよハルちゃん」
ラッキースケベ?的な出来事に興奮するのは俺じゃなくて見物していた女子達で、とにかく意識を失ったハルちゃんを抱えて保健室へ向かった。
「きゃー!つかさちゃん、なんか王子様みたい!」
「煩いっ!とりあえずクラス戻って朝礼遅れるって伝言しといて!」
「は〜い!」
どうせこういうのが好きな女子どもは変な噂を立てるに決まっている。しかしそんなもので狼狽える歳でもない俺は堂々と保健室へハルちゃんを運んだ。
「あらあら、じゃあ目覚めるまでそっとしときましょうね」
「はい、よろしくお願いします」
養護教諭に頼むと、ハルちゃんの仕事である朝礼を代わりにやる為にクラスへ向かった。
その後はハルちゃんの担当教科を他の先生に頼んだりと、やっかいで面倒な一日となった。
「おーい。目、覚めたって?」
それからハルちゃんが目覚めたのは午後からだった。俺は授業が無い時間に保健室に出向いた。
「!!……あ、あの、すみませんでした。たくさんご迷惑かけたみたいで。私、重たかったでしょうに」
……真っ赤になっているのは
熱のせいなのか、それとも……。
「いいっすよ、とりあえず早く家帰って治してくんないすか?明日だって休んでもなんとかなるでしょ!」
自惚れ屋でもないんだが、なんとなく恋愛フラグが立ちそうになるのを感じて避けたいと思った。
「だから、しばらく学校に来んな」
「……め、迷惑ってことですか?」
「……それ聞いてどうしたいの?」
「───……」
ハルちゃんは真面目で良い子だ。
だけど、俺は過去の俺を見ているようで、ハルちゃんを間近で見ているのが辛いのだ。
だからと言って俺が彼女を指導するような立派な先輩である資格など無い。
無言のハルちゃんを置いて、保健室を後にすると煙草を吸いに屋上を出た。
やることはたくさんあったのだが、サボりたい気持ちが強く、まるで子供のように自由に過ごした。