オリジナル

□卒業します7
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「道も混んでるだろうから今から帰ると19時前になるな。大丈夫か?
あ、姉ちゃんと住んでるから門限とか無いか!あいつもなかなかの不良娘だからなー!」


努めて明るく振る舞うことしかできない俺に、東雲は微笑んで静かに頷くだけだった。
車に乗り込んでも会話は続かず、一時間半の道のりは長く長く感じた。


その間、俺は自分の気持ちと充分に向き合うことが出来たりしたのだが。だからと言って出した答えを東雲に伝えるかどうかは迷っていた。





「───……ついた。お疲れさん」

「ありがとうございました」

姉と住んでるアパートの駐車場に入ると適当にあいてるスペースに停車させた。
お礼を言う東雲はカチャリとシートベルトを外した。

しかしなかなか降りようとしない東雲を不思議に思ったのだが、俺は何も言わず待った。彼女も迷っているのだろうか、話さなければならない気持ちを。


「先生、海潮先生……」

「なんだ?」

「……」


話しかけてやめる東雲を見ていたら俺の方から話すべきだと思えた。
頭の中に浮かんだことを整理しながら話し始めた。



「……お前らが卒業してから赴任先も変わってな、俺はお前が思ってる程立派な教師してなかったんだ。
頑張ることをやめた……とでも言うか」

「え、先生が?……それは私達卒業生のせいですか?それとも、私……?」

心配気に俺の顔を覗くので、笑ってそこは否定した。誰のせいでもない、何かのせいにするならそれは年のせいと言えば東雲はクスクスと笑った。


「仕事に熱が入らないと生きてる意味も見つかんないし、常に無気力だし。とりあえず屑なんだ、俺」

「屑なんて、…そんなことないです!」

「まぁ、聞けって。屑なのは本当なんだから。

お前と電車の中で久しぶりに会ったあの日覚えてる?俺おまえのことなんか全っ然気付いてやれなくてさ。そうやって元生徒のことなんか頭の中から消してたんだよ。無駄なことのように」

「……。でも、先生は私を痴漢から救ってくれました。屑な人にそんなことできないです」


「あの時何考えて行動してたと思う?

単なる下心だよ。目の前に可愛い女子高生いたから、って最低だろ?」
「……」

「……肯定してくれよ、そこは」


真っ赤な顔を見られたくまいと両手で挟み込む東雲は嬉しそうでもあった。


「まぁ、いいや。後に東雲って気付いて良かったんだよ。
久しぶりに会って大人っぽく感じてた東雲もやっぱり話してると中学生の頃から変わらない部分もあってさ」

「……もう、下心はなくなっちゃったんですか?」


拗ねたように唇を突きだしながら呟く東雲にデコピンをしといた。



「うん。でも代わりに救われたんだ。
がむしゃらにやってた頃の俺を好きだったと言ってくれて、このまま腐っていきそうだった俺を何度も引き留めてくれたのは東雲だよ。


今日もな、……ありがとう。

俺がお前を生徒として見ることで傷付ける事になるのにな。でも、俺はお前を生徒として見ることで教師としての自信を取り戻して行ったんだ」



心が痛かった。東雲は俺と同じ位置に立てることを望んでいたのに、結局は俺は望みを叶えるどころか、東雲を自分のために利用していただけだったのだ。



「ごめんな、東雲。

お前にもう充分救われたんだから後は俺一人の力で教師として真っ直ぐ生きていけるようにするよ」


「……い、いえ。謝らないで下さい。……その、嬉しいです。とても。……先生の力になれたことが」


俺の話を真剣に聞いてくれた東雲は静かに泣いていたのだろう、鼻をすすりながらそう言った。
こんなに傷付けられても嬉しいと言う東雲に感謝する。
もう伝えたので今更何度も言うことではないが、俺は心の中で何度もありがとうと呟いていた。







「……卒業しなきゃな」


「え?」

「生徒の東雲から。俺が」


変なことを言ってると自覚していたのだが、東雲は笑わず受けとめてくれた。


「先生が卒業してくれるのを待つなんて、おかしいですね…」

「ふ、立場逆転だな」

「本当ですね。ふふ」


最後は笑顔で終えた事に心の底から安堵した。

もう柳瀬はこれ以上何もしないと思う。俺も本心を曝け出すことができてスッキリできた。もう悩むことはない。


……しかし、それは東雲と俺を繋いでいたものが全て無くなるという意味だった。
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