オリジナル
□卒業します8
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晴れ渡る青い空、高校生達の声援。既に失われた大人の誰しもが感じとる眩しい青春というものは、どうしてこうも心をえぐってくれるのだろうか。いや、世の中の大半の大人は清々しいと感じるのかもしれない。
「あー、ヤダヤダ早く帰ろ」
ヤニ臭い車の中で頭をふると嫌な気分を一掃するように窓を全開にあけてスピードを上げた。
自分の青春時代を思い出すとやはり彼らみたいにキラキラと輝いていたのだ。高校三年と言えばやはり部活と勉強の両立なんかで悩んだり。加えて恋愛や遊びなんかもその時のライフスタイルには欠かせないもので、とにかく忙しいながらも充実していた。
(そういや教師になるって進路を決めたのもそんな時期だったなー)
アパートに着いて誰もいない部屋に無言で入ると、湿った嫌な空気に憂いた。車と同様、家の窓も全開にあける。
夢を追いかけ走り出したあの頃の自分が今の暮らしを想像していたのだろうか。
(……嫁はまだだとしても彼女くらいはいると思ってんだろうなぁ)
テーブルの上には昨夜の夕飯のゴミが片付けられずそのままあるのを見て、ため息がでる。とりあえず思い腰を上げて部屋の掃除を始めることにした。
半分まで片付いたところ、ズボンのポケットにしまっていたスマホが鳴る。
「はい、もしもし」
掃除機をかけながら適当に出たので誰からの着信か確認していなかった。
「あ、海潮先生。今大丈夫ですか?」
「っと、ごめん。大丈夫!」
慌てて掃除機の電源を切る。声の主は名乗らずともすぐに東雲からだとわかった。
「な、なに?」
見えない位置から応援していたつもりだったのに、バレたかと緊張が走り頭の後ろをガシガシと掻く。
「お礼が言いたくて……今日見にきてくれてましたよね?」
「あぁ、ばれてた?」
「サングラスしてても遠くにいてもわかりますよ」
やはりそうだった。これは今更否定しても気味が悪い印象をもたれると思い観念すると電話越しの東雲は小さく笑った。
「お見せするには情けない結果でしたけど、すごく嬉しかったです」
「いやいや、立派だったよ。
色々心配してたんだけど、走り終えたお前の表情見て安心した。悔いのない三年間だったんだってな」
「先生……」
色々と思い返して何か込み上げているのだろうか
東雲は言葉に詰まっていて、しかし俺はその間も微笑ましく思い待っていた。
「インターハイの前に柳瀬先生ときちんと終えることができたのが大きかったです。それも全部海潮先生のおかげです」
「そうか……。そう言えばあいつ、髪切ってたな」
「はい、それに今学期で学校辞めるらしいですよ」
「え、マジで!」
それを聞いた衝撃でガタガタと手に持っていた掃除機の柄の部分を床に落としてしまった。大丈夫ですか、と付け加えてから東雲は詳細を語り出した。
「結婚してお嫁さんの実家の農業を継ぐそうですよ」
「結局結婚すんのか……」
婚約者に今回の騒動を話してこの結末なのか、それとも話さずとも自身を戒める為なのかわからない。しかし、教師を辞めると言う結論に至った気持ちはいずれにせよ反省からくるものだったのだろう。
「私は安心しました。……婚約者さんには幸せになっていただきたいですから。伝えることは叶いませんが、謝罪したい気持ちはずっと忘れないです」
「……東雲。お前良い子だなぁ」
知らずに二股かけられていたにも関わらずそんな事を言う東雲に素直にそう思った。
『次は良い恋しろよ』と喉まで出かかった言葉は慌てて隠した。何故なら、『好きでいても良いですか』と伝えられ悩んだ末に答えを出しそびれているという自分の状況を思い出したからだ。
「あ、あのな」
しかし、許しておける筈もなくやはり断らなければならない。言葉を選んで練り上げ、傷付けないように……。そんな緊張感は電話越しでは伝わらなかった。
「先生!明日電車でいつもの時間に来てください!」
「へ?」
「お願いします、ね。良いでしょう?」
俺の妙な間のあいだに東雲は何か突拍子も無い事を思いついたようで、愉快そうにそんな事を言い出した。