オリジナル

□卒業します9
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能天気に一日の業務を終えたが、やるべきことから逃げてはいけない。ハルちゃんから返してもらったハンカチを持って東雲の通う響稜高校へ向かう。ラインで『ハンカチを返したいから近くの公園で待ってる』と送ったが、返事はなく、しかし既読の文字はあった。

午後6時、駐車場に車を停めると前回ここへ来た時の記憶がよみがえってきた。泣きじゃくる東雲を抱きしめた、あの時の行為は純粋に教師として励ましたい気持ちからくるものだったのだが、しかし今東雲の気持ちを考えるとやはり後悔させられた。


「……ここにするんじゃなかったな」

ため息混じりに出る独り言。来てくれなくてもそれはそれで良いとも思った。返事は無いのだから、俺からの一方的な約束だった。





───しばらく駐車場で待ったが、もしかして先に公園の中にいるかもしれない。そう言えば部活は引退したのだから早くに学校を出ている可能性が高い。逆に待たせていたら悪いと思って歩きながら探していると、自動販売機の近くで男女の話声が聞こえた。


「──……だから、今すぐ返事は要らないって。もう少し考えてくれない?」

「……だって答えはもう決まってるし。待たせても雑賀君に悪いだけだよね」

「変わるかもしれないじゃん?俺頑張りたいからさ、時間ちょうだい。ね?いいだろ東雲」

「……雑賀君がそれでいいなら。でも期待してもらっても困るからね」

「いいよ、チャンスをもらえただけで嬉しい」

「……」


思わず身を隠してしまったのは話の内容が男からの告白だったからだ。なんとなく今俺に聞かれたくないだろうなと足音を立てずに来た道を戻った。

雑賀君と呼ばれる男は自転車に乗って去って行ったようだ。駐車場近くで俺とすれ違う。ちらりと見えた
表情がまた、悩める男子高校生そのものでまさに青春真っ只中にいるなと感じとれた。


「……ふー、」

さて、どうしたらいいものか。とりあえず一服、と着けたばかりの煙草を味わう。


「先生!盗み聞きしてたでしょ!」

「うわ!いたの!?」

車の影から出てきたのは東雲で、真っ赤な顔をしていた。それは怒りからなのか、ここまで俺を追い掛けて走ってきたからなのか。できれば前者であって欲しいとも思った。


「ごめん、聞くつもりはなかったんだ」

昨夜の俺のせいで気を落としていたらと思うのが嫌だったからだ。怒る元気がある方が良い。

「もーー!」

しかし唇を尖らせて俺の脇腹あたりに軽く小突く様子から無駄な心配だったと気が軽くなった。


「モテるんだな、東雲。結構男前じゃん雑賀君?」

「からかわないでください!」

「からかってないよ」

「……っ、じゃあ。

何を思ったか教えてくださいよ」


無邪気な表情から途端に大人びた表情へと変わる東雲に心臓が跳ねる。鋭い質問も俺を簡単に動揺させた。


「結局同級生の子と付き合えない私を見てどう思いましたか?口先だけの人間って失望しましたか?」

「ま、まて落ち着け東雲。昨日の事は謝りたいんだ!」


ジリジリとその表情で俺に近付く。真っ直ぐに自分を見つめてくる東雲に圧倒された。


「これじゃあ、私が本気で先生のことを好きって証明になりませんから。
私の方は悔しいですよ」

「おい、言ってることおかしいぞ。何で俺のことを好きでいることがそうなるんだ!?」


東雲は少しばかり唇を噛んで目を伏せた。何かに耐えるその表情が余計に俺の鼓動を早くさせる。


「先生のこともっと知りたい。触れたい。抱きしめられたい。そんな欲求を引っ括めてくれる強い思いがあるんです……先生のために何かしたいって!

……先生の理想の生徒になれたらって」


あまりに強く、そして真っ直ぐな思い。大人がたじろぐ程の勢いに、言葉を失ってしまった。落ち着けと彼女に言った筈だが、それは自分自身にも言って戒めたい。無言の間、止まない動悸と戦っていた。
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