長編小説

□月に溺れる 第三章
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翼宿の部屋につき狐牙は寝台の前に腰を下ろした。
それを確認した翼宿が狐牙にイカ焼きを差し出した

「いけるか?」

狐の姿では翼宿に持ってもらいながらしか食べることができないため翼宿は狐牙を見つめる形になってしまう


「なんや…」


その言葉に口を止め目線をあげる狐牙。


「お前が人間やったらな…こんな冷めたもんやなくて、出来立て食べさせたるんやで?」


自分に向けられる優しい眼差し

年は随分下なのに包容力さえ感じられた


「お前が人間やったら…お前のこと…」



ううん…違う。
きっと違う。


「この旅がおわったら俺は山賊にもどるんや、仲間を待たせてるさかい」


あなたはわたしが獣だからこんなに話をしてくれるのだ。


「どうや?」


人の姿になった私になんか魅力なんてないもの。


「狐牙も、一緒に来へんか?」

どうや?とニッと笑う翼宿はまだ少年の面影が残っている。


「・・・俺も井宿みたいに、狐牙と喋れたらな」


目線を下に向ける狐牙、それと同時に金色の光が包み込む。


「わっ!なんや!」

思わず瞳を閉じる翼宿。次に目をあけた瞬間に見たものは

”黒髪の女性”だった。


「翼宿殿は、獣の私を連れて行きたいのだろうが・・・申し訳ないが私は人なのだ・・・」


あまりの衝撃に言葉もでない翼宿

「…っ!!」


「だますつもりはなかったのだが…言いそびれたというか…(まぁ、この姿も本来の姿ではないのだが…むやみやたらに見せるものでもないからな。)」


申し訳なさそうに狐牙が言う

ただ翼宿と話がしたかった狐牙は”人間の女性”に変化した。
悪気はなかったのだが、この姿になってしまったことで色々な勘違いが生まれてしまうことになる。




「なんや・・・びっくりしたけど…そうか…お前が狐牙なんやな?そしたら、やっぱ…井宿とおったんは…」



「?」

その言葉に首をかしげる狐牙

「いや、なんでもあらへん!こっちの話や!」

(あのとき井宿と一緒に追ったんは銀髪のおなごやったからな・・・)


実は翼宿、狐牙が人間だったと聞いていたので、あの女性は狐牙かもしれないと疑っていたのだ。

だが目の前にいる女は似ても似つかない女だった。


(さすがの俺でも見間違わんやろ。)



「俺は、お前がどんな姿やろうと関係ない。その首飾りは友情の…証。そう言ったはずや」


胸元に輝く首飾り。

翼宿はまっすぐ狐牙を見ていった。


そのまっすぐで真剣な瞳に狐牙の胸は高鳴った。

(なんだ…仲間にドキドキするだなんて…)

「それに…やな、その井宿…には恋仲の女子がおるさかい…」

ばつの悪そうに狐牙にいう

「え?」

その言葉に耳を疑った
胸がざわざわする。


「星見祭で見たんや、銀髪の女子と井宿がおるとこ・・」

だから井宿には・・・と真剣にいう翼宿に

「ブッ」

思わず吹き出してしまった

(それは私だ・・・見られていたのか・・・)



「やから…井宿なんかやめてオレにしとき」


まっすぐ自分を見つめる熱を帯びた視線。


「・・・へ?」

今自分はどんなに間抜けな顔をしているんだろう。
きっと鏡があったら笑ってしまうに違いない。



「俺は…俺ならお前だけを…狐牙だけしか見てへんから」


どうしよう。

どうしたらいいんだろう。



なんといったらいいかわからない狐牙に


「返事はいつでもいいさかい」

と顔を真っ赤にして照れながら翼宿は言った。

このままではまずい、と慌てて翼宿の誤解を解こうとする狐牙。

「あ・・・いや、その、祭りの女子はわた・・・」


バタン!

言いかけた言葉は引っ込んでしまった。


「「!?!?!?」」

勢いよく扉があきそこには井宿がいた


「だ?」

狐牙の気を感じた井宿は何かがあったのかと駆けつけたのだが…
見たことのない女性と翼宿の姿を見て固まってしまった。

だがそこにあるのは間違いなく狐牙の気だった

そこはさすがの井宿。すぐにその女性が狐牙だと気が付いた

「…狐牙なのだ?」


「そ・・・そうだ。その…翼宿に礼が言いたかったのだが…あの姿では言葉が喋られないのでな…」


やましいことはないはずなのに言い訳がましくなってしまったのは、先ほどのやり取りが原因なのかもしれない。



「なんや?井宿も初めて見たんかいな?」

疑問形で狐牙の名を呼んだ井宿に違和感を覚えた翼宿が素朴な疑問をぶつけた。

「だ?そうなのだ狐牙がこんな(人間に化けた)姿になるのは初めて見るのだ!」


「そーなんか!(人の姿になるのを)見るの初めてなんか!」

どこか嬉しそうな翼宿。

「井宿殿とは狐の姿でも話ができるから、このような(人に化ける)必要がなくてな・・・」

と井宿を見る。



見事に会話が成立してしまったためになにやら掛け違いが始まってしまったようだ。

ふと翼宿に向き直った狐牙。

「翼宿殿、土産美味しかった、出来立てじゃなくても十分だった。ありがとう」


獣の自分に優しくしてくれた彼。
祭りの最中も自分を思い出してくれて土産まで持ってきてくれた。


「翼宿の妻になる人は幸せだな」

心からそう思った。

「なっ!?」

その言葉に赤面する翼宿

「だ?!」

二人の反応に狐牙は首をかしげた

「????まぁ、よい。今日はもう遅いので寝よう。井宿殿、部屋に戻ろう」

気づけばもうとうに寝る時間をすぎていた。

「だー!」

二人で部屋に戻ろうとしたが

「待て待て待て!」

あわてて翼宿が止めに入る。

「あかんやろ、男女が同じ部屋はあかんやろ」

至極真っ当な意見だ。

「?なぜだ?昨日まではずっとそうしてきた。人の姿が問題ならすぐにでも獣になれる」


「〜〜!!いや、そうやねんけど!」

なんと言ったらよいかわからずに言葉に詰まる。

「へんな翼宿殿だな?」

ねぇ?と井宿を見る。

「翼宿はいつも変なのだー!」

二人はあはは、と笑いながら自室に行ってしまった。



「え??なんなん?とっかえひっかえ…井宿めっちゃスケコマシやんか…」



翼宿に誤解をされながら夜は更けていくのであった。
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