長編小説

□月に溺れる 第四章
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「香奈!!!!」


聞こえた声はかすれた母の声。


「お…母さ…ん…」



この体はひどくしゃべりにくい。
それもそうか…ずった意識がなかったんだもの。


私をみてずっと泣きつづける母。

(これでよかったんだ)


井宿殿への気持ちには蓋をして
そう思うようにした。




「香奈・・・?泣いているの?」


自分でも気が付かないうちに泣いていた。



「夢を…みてた…の。」


とぎれとぎれになる言葉で


「そこで大切な…仲間に出会って…」


私が動いているのがそんなにうれしいのか
うんうん、と泣きながら話を聞いてくれる母。



「いい・・・夢だった。」


にこっと母にむかって微笑む。



******

私が事故に会ってから1年。
大きな事故だったらしく、手術の痕なのか足には大きな傷跡あった。


私は就職先が遠かったので母とは離れて暮らしていたんだけど
事故にあって、通いやすいようにと、地元の大きな病院に移されていた。



それからいろいろな検査をたくさんされた。

こんなに意識がなかったのに障害が残らず回復したのは奇跡的だそうだ。


(でも200年動いていたからな。)


そんなことを言っても信じてもらえないだろう。



私は目が覚めてからすぐに気が付いたことがある。


(首飾り…)


翼宿からもらったあの首飾りがなぜか首元に存在していた。


母に聞いてみるも

「お見舞いに来たお友達が付けてくれたのかと思って」


なんてきょとんとして言った。


病院での生活は落ちた筋力を戻すためのリハビリばかりだった。


「こ…これはつらい…」


でも実生活をするためには必要なことなのだ。



もともと負けず嫌いな私は必死にリハビリに励んだ。



「今日も頑張ってますね!」


そう看護師さんが褒めてくれた


(井宿殿ならどうほめてくれたんだろう…)


その思考にはっとする

(なにを考えて…もう会うことなんてないのに。)


夕方、病室に戻ってぼーっと窓の外を眺めていた

窓からみる空は今にも雨が降り出しそうだった。

(私の心の中みたい)


こっちに戻ってから毎日考えるのは皆の事。
神座宝は手に入れられたんだろうか。
朱雀はどうなったんだろう。



(私の事…忘れちゃったかな…)



彼らの未来が気になる。

その思考は

「リンゴ食べる?」


の母の声で途切れた。

母が笑顔で訪ねてきて、手際よく皮をむいてくれた


「あら…雨が降ってきたわね」


その母の言葉にまた視線を窓の外にやると
バケツをひっくり返したように雨が降っていた。


「はい!」

ときれいに剥かれたリンゴをうけとろうと手を差し出した時に


ピカっ!!



と空が光った


「きゃ!井宿殿・・!!」



と体をすくめた。
思わず呼んでしまった、もう返事が返ってくることのない彼の名。


「ふふふ・・・夢のお話?…え?香奈泣いてるの?」


と母が驚いていた。


気が付かなかった。


こんなにも

こんなにも…



彼に惹かれていたことに。



『香奈』

と笑顔で自分を呼ぶ彼の顔が頭から離れない。


もう二度と会えないのに…。



ボロボロと止まらない涙と嗚咽。



「お…か……さん…ごめ…」



母は私のことをやさしく抱きしめてくれた。

母はとても温かかったけど…その体温はしっくりこなくて


また井宿殿を思い出させた。
  
  
  
 
 
 
 
 
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