長編小説
□月に溺れる 第三章
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コンコン
扉をノックする音がする
その空気を破ってくれたのは翼宿だった。
「おーい、狐牙ーおるか?土産買ってきてん、ってあれ?なんや?喧嘩でもしたんか?」
こういう時、翼宿の空気の読めなさには助けられる。
狐牙は翼宿に駆け寄った
「星見祭りの土産もってきたんやけど・・・なんやここは辛気臭いから俺の部屋で食べよか?」
その言葉に狐牙はちらっと後ろを向き目線の先の彼を見たが井宿はその視線にピクリともせず一点を見つめていた
「井宿なんかほっとけほっとけ!」
翼宿が明るく言うから返事の代わりに尾で答える
パタンと扉が閉まる。
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残された部屋では井宿が寝台に腰かけたまま考え込んでいた。
「自分がこんなに心の醜い生き物だとは・・・」
若い青年と並んでいる香奈を見たとき全身の血が逆流するようだった。
あの時の光景と重なったのかもしれない。
この気持ちは”嫉妬”だ。それ以外の何物でもない。
それは井宿本人も気づいていた。
僧侶になってそんな感情に悩まされることがあるとは、と眉をひそめた。
「それにしても・・・あいつ・・・なんなのだ・・・」
ー君は・・・”彼女は”離さずにいることはできるのか?ー
「たまたまなのか・・・それとも何かを知っているのだ?」
夜は更けていった