ものがたり
□お狐様とお月様
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「此処に狼のありつるよ。」
その一言を皮切りに、僕たちを取り囲んだ狐たちは。
「此処に居ったか。」
「喰ろうてしまおう。」
「あぁ、喰ろうてしまおう。」
「生皮を剥いで嫁入り道具にいたそうか。」
「それは妙案。」
「白銀の狼ぞ。」
「人に手懐けられし狼の子ぞ。」
「あはれなり。」
口々に勝手なことばかり囁くものだから、主様の懐からすとんと地面に降り立ち、まずは人の形を取る。
「おぉぉ、おぞましや。」
「幼子が我らに牙を剥きよるわ。」
嘲笑う狐たち。
けれどそこでふと気付いた。
主様は、まだ見えておらぬのか?
いやそんなことは無いはずだ。
だったら最初から僕は見えていたことになる。
あの“呪”は、主様と僕を含めた主様が身に付けている全てが見えなくなるものなのだから、当然、僕が声を発し気付かれてしまった今は既に狐たちにも見えているはずなのだけれど。
(どういうことだ…?)
――まぁいい。
兎に角、僕を喰らうと言うからには襲ってくるのであろう。
だったら迎え撃って返り討ちにするまでだ。
じりじりとにじり寄る数十匹の狐たちは、にやりとその大きな口の端を釣り上げる。
「急急如律令、おんまけいしばらやそわか――」
背後から、それまで涼し気なるお顔で静観していた主様の声が響く。
するとたちまち逆巻く旋風が狐たちを吹き飛ばした。
「さっきから大人しくしておれば、言いたい放題抜かしてくれるではないか。これは警告だ。次は火か…雷か…どちらが良いと思う?」
そう申して、僕と並んだ主様は少し怒っている。
普段だって険しい顔付きだけれど、それと今とは全く違う。
視界の端に飛び出そうとした数匹の狐を見留め、続けて主様が。
「急急如律令、なうまくさまんだばざらだんかん!!」
低く低く地を這うような声を引き継ぐように、ごう、と勢いよく燃え上がる不動明王の炎。
獣である僕たちにはこれ以上無い程有効な“呪”だ。
「…加減を間違えたか。おい、俺は気が長くない。そちらの長を出せ。いやなに、話をするだけだ。」
呆然と焼き払われた仲間の骸を眺めるのみだった狐たちが、一斉に鳴いた。
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