ものがたり

□春は曙
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(もうすぐ春か…)



本日も、それはそれは大変な夜だった。

帝の命により、とある山中に居るとは知られていた物の怪が都へ降り悪さをする程では無いが諸事情により捕縛してきた所であった。

対峙した折にどの程度かお手並み拝見、はしたのだが。

なる程確かに帝が危惧したのも頷ける。



「わんわんっ!」

「……少し黙れ。」



…ただ、思っていたより随分と幼くはあるのだが。



「出して下さい!ねぇここから出して!聞いてます?ねぇったら、」

「喧しいッ!!」

「くぅん…ではこの御札だけでも取って下さい…!」

「却下だ。」

「なんと!」



あな口惜しやとか何とか申しておる、一見しただけではただの白い子犬の如きこの物の怪は、実は神の血を引いておる。

諸事情、というのは…とある山中にあった祠をどこぞの“間抜け”が壊し、せっかく大人しく眠っておったこの狼の子を起こしてしまったのだ。

帰る所の無くなった物の怪は、そうして都まで降りてきた、という寸法である。

まぁその“間抜け”が誰だとは本人の前では口が裂けても言えないことではあるけれど。

わざわざ真実を語るまでもない、当人とて薄々感づいてはおるだろう。

だからこその勅命であったのだから。



「わんわん!こんなにお願いしてるのに!」

「…喧しいと申しておろうが…!」

「あなや!嫌だ助けて僕は美味しくなんかありません!」

「一体何の話をしておるのだ…」



されど――今でこそこじんまりとしたこの姿に収まってはおるが、昨晩の姿はそれはそれは見事なものであった。


実はあの一帯は別の物の怪が治めておる。

よもすれば都をぐるりと一巻きしてしまうのではないかと思う程立派な白蛇。

その白蛇に、若さ故か何かは知れないが牙を剥いた子犬は見る見るうちに質量を増し、白い綿毛は白銀の無数の鋭い針のごとく逆立って。

低く低く地を這う唸り声は聞いただけでも気をやってしまう者も居ったであろうと思い返す。

あの場に居ったのが俺だけだったから良かったものの。

溜め息一つ、そんな言葉を飲み込んで、陰陽師は札を付けた注連縄を自分の周りを転がる白い子犬に付けてやり、より強い戒めの札を剥がしてやった。



「ありがとうございますわんわん!時に僕お腹が減りました!」

「そうか。お前は何を食べるんだ?」

「何でも、お花でも良いですよ!お供え物や人間の“想い”とか…」





















「――というのが、先代がフィーネをここへ連れて参った経緯だそうだ。」

「ほう、そのようなことでありましたか。いや貴殿ともあろうお方が随分と愛らしき子犬を従えていらしたので、以前から気にはなっておったのです。」

「でしょうな。」



金色の眼を細め、笑う男は向かいの男の膝にだらしなく寝そべる白い塊に手を伸ばす。

フィーネ――物の怪を縛るために付けられた名は、今はもうすっかり所有者の魂に馴染んでおった。

頭を優しく撫でられたフィーネは立派な尻尾を一振り。

撫でたる金目の男、カルマは一層笑みを深める。



「…はは。いや誠に愛らしい。まるで無垢そのもの。」

「見た目に騙されてはなりませぬぞ。こう見えて狼の子ゆえ。」

「心配など要りませぬ。心根の優しい子でありましょう。それに主が貴方だ。悪戯をすれば厳しい仕置きが待っている。」

「…何か存じておられると?」



ぴるる、と震える白い耳をすりりと一撫でし手を離せば、カルマは向かいの陰陽師――名をルキフェロ・リゾルートと申す青銀なる瞳の男を見据えた。






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