ものがたり

□お狐様とお月様
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ある霧雨の夜であった。


遮るものの無い夜空から降り注ぐ月影。

照らし出される絹よりもまだ細い、柔らかな雨。

主様の狩衣の中から眺めた景色はそれはもう美しく、けぶる都の街並みは和らいで、朧気になったその輪郭に僕と主様は取り残されてしまったように錯覚してしまう。

見上げれば、月を囲むように虹色の環。

雪の夜のような薄明るさを湛えた、美しくも不思議な夜であった。





「これは珍しい。」





耳に掛かる主様の呼気がくつくつと震えている。

だから僕の耳もぴるると震えて。





「橋の上を見ろ。今夜は“狐の嫁入り”だ。」





主様のおっしゃる通り目を凝らせば、はてさて向こうから狐様御一行が仰々しい行列を成してこちらに進んできておる。





「こんな刻限に…?はて、狐の嫁入りは昼日中ではないのですか?」

「それはな、フィーネ。人がこのような刻限にも昼日中と同じ程出歩いておったならばそうは言われまいよ。」





どういうことだろう?と眉根を寄せ小首を傾げた僕に、主様は。





「もうじき丑の刻だ。嫁ぎ先の都合も大いにあろうさ。」





そうおっしゃって、袂から札を取り出し静かに呪を唱え始めた。

きっと狐様御一行に気付かれないようにするためのものなんだろう。





「おぉぉ、人間の匂いがする。」

「人間の匂いがするぞ。」

「ここに狼の匂いもする。」

「我らを騙して皮を剥ぐ気ぞ。」

「喰ろうてしまえ。」

「喰ろうてしまえ。」

「だが姿が見えぬ。」

「あな口惜しや。」

「口惜しや。」





御一行が目の前に差し掛かった時、不穏な言葉を口々に囁く。

やはり簡易的な呪札と呪では匂いまでは消すことが出来ないため、痕跡は残ってしまった。

主様と目が合い、首を横に振られる。

闘ってはいけないのだと諫められた僕。

されど、さっきから僕の目の前(主様の胸元あたり)で狐が…それはそれは大層難しい顔をしておるものだから。





「――…ふふっ、」





つい、うっかり笑ってしまったのであった。






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