ものがたり
□狼殿、心から思ひ乱るる事ありて
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「――それで?」
ここは土御門にある主様のお屋敷。
世間では紫陽花が時期を迎え、晴れたる日の朝には露にきらめく美しき色彩に心も躍る――のだと思います。
生憎それはこのお屋敷の外のお話。
主様のお屋敷の庭は手入れもせず様々な緑が生い茂るまま。
されどこの濃淡緑豊かなる庭を眺めると、夏が来たのだなぁ…などと思うのです。
「ちゅんちゅん、」
「鳴いてどうにかなる話ではないぞ、入内雀よ。」
「わかっておりまする。雀故、つい。」
そして毎度お馴染み、庭に面した濡れ縁にて。
先日入内雀が折り入って相談があると僕に持ち掛け、お話を窺ったのだけど。
どうやら僕には入内雀の期待に沿う事は出来ぬと思い、後に入内雀の鳥仲間であると思しき五位鷺へ文を出し、その者とは無関係に御座いますと文を返され途方に暮れ、今に至るわけでして…
「はぁ…宮仕えしたい…」
全てはこの一言から始まった。
「そろそろ諦めて違う道を考えても良いのではないか?」
主様も主様で、欠伸を隠しもせず片手間に入内雀のお話を訊くものだから。
「ちゅんちゅん!俺だって…俺だって!そなたのように宮仕えをしたいので御座います!」
入内雀は、宮仕えを目指した“人”が非業の死を遂げ、その未練から雀に憑依したあやかしなのだそうな。
事情は違えど似たようなもの同士、分かり合える所もあるかと思うておった五位鷺とは水と油程に相容れぬのだとか。
訊けば、五位鷺は人であった時も文官として宮仕えをしており、鷺となってからも時の帝から直々に官位を賜ったのが入内雀からすると大変面白くないのだそうで。
“どの場から物を申しておるのだ!”
“…五位の場からで御座いますが、何か?”
妬み嫉みもあるのであろうけれど、流石にこの物云いは五位鷺も面白くなかったに違いない。
こうして僕の知らぬ所で二羽の確執は生まれてしまったのだと…うん…下らないですね正直申しますと…
「だからと俺がどうにか出来るものでもあるまいよ。」
「ですよね…」
その日の晩。
お部屋にて主様の背中をふみふみしつつ、今朝のお話をしていた所。
「大膳寮か大炊寮なれば多少出入りは出来るやもしれんが…出入りでは意味も無かろう。」
「陰陽寮は駄目なのですか?僕や乙護法は…」
「莫迦を申すな。あやかしなぞもってのほかだ。」
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