榛色の瞳

□榛色の瞳 10
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何故こんな事になってしまっただろう。

いや、原因は分かっている。

全ては、私の弱さが原因だと。






世愛羅を寝付かせた沙羅は寝室のベッドに身を横たえていたが、人の気配を感じ目を覚ます。佐津間が手配した榛一族の者かと身構えたが見知った気配に肩の力が抜ける。

(…サクラ?一体こんな時間にどうしたんだろう?)

彼女がこんな時間に訪ねて来る事など今迄無かった。余程の緊急事態なのだろうかと思考を巡らせるが、新薬の研究は概ね順調。新薬開発に関して心当たりは無い。とりあえず結界がある為玄関まで入れないであろうサクラを迎え入れる為、沙羅は寝室からサクラの元まで足を運び、サクラを招き入れた。

突然夜分に訪れた事に対する謝罪を口にするサクラに問題ない旨を伝えるとサクラは安堵の表現を浮かべた。そのままサクラをリビングへ促し、お茶を出すためにキッチンに行こうとした際、腕を掴まれる。

「…サクラどうしたの?」

「…単刀直入に言うわ。世愛羅君は我愛羅君の子供ね?」

一瞬、静寂に包まれたリビング。その真逆の様に暴れだす自らの心臓をサクラに気取られぬ様に沙羅は表情を繕い、穏やかな声色を舌に乗せる。


「…いきなりどうしたの?…そんな事あるわけ無いじゃない。」

「…嘘をついても無駄よ。脈で分かるもの。…確証は無かったけど今のではっきりしたわ。」

サクラは優秀な医療忍者。いくら表情で取り繕っても無意味でしかない。サクラは始めから脈をとるつもりで沙羅の腕を掴んだのだ。

「…砂に戻りたくないのもテマリさんに会えないのも、我愛羅君が世愛羅君の存在を知らないからね?」

図星だ。今回の食事会で何かあったのだろう。今迄バレずに来られたがもう無理らしい。

「…ねぇ沙羅、何でなの?我愛羅君は風影でしょ?世継ぎが必要だし隠す事ないじゃない。理由が無いなら私が我愛羅君に言うわ。…何か特別な理由があるなら話して。」

どうしてサクラはこんなに優しいのだろう。今迄嘘をついて騙していたのに。

「…ごめんねサクラ。実は…」

沙羅は自らの生い立ちや技術提供依頼任務を受けるまでの経緯、一族や養父の事を説明した。
先代の風影により一族が里の端へ追いやられ養父が根に持っている事。
養父が大名等ともパイプのある相談役の一人であり、子供の父親に圧力をかけると言われた事。
養父が逆恨みにより我愛羅を憎んでおり復讐の機会を窺い失脚を望んでいる事。

そして、我愛羅との関係の始まりは飲酒による誤りが発端であるという事も。

一つ一つ挙げればきりが無い沙羅の灯りの少ない長く仄暗いトンネルの様な話をサクラは真剣に傾聴してくれた。そのトンネルを抜けた頃、サクラは自らの疑問を沙羅に問う。

「…それじゃあ我愛羅君とは恋人じゃなかったの?」

「…うん。元々我愛羅とは友達でよく家に来てたの。正規部隊にいた時からの付き合いで修行したり、ご飯を二人を食べに行ったりしてたわ。…風影に就任してからは中々会えなくなったから、空いた時間に家に来ていいよって言ったらよく家迄来てくれてたの。ご飯作ったらいつも美味いって言って微笑んでくれて嬉しかった。…私が一方的に好きで好きで仕方がなかったの。」

「…だから風影様の為に身を引いたって訳?」

首を横に振り否定の意を示した沙羅はサクラと視線を合わせられずに更に続ける。

「…我愛羅以上に風影に相応しい人なんていないわ。だから我愛羅には風影で居続けて欲しかった…。…世愛羅を身籠った事が分かった時、我愛羅は大名の娘とお見合いする事が決まってた。後継人であるエビゾウ様も賛成されているのに、たまたま手を出した女が妊娠したなんて言ったらきっと邪魔にしかならないから風の国を出たの。でも我愛羅の為だけって訳じゃない…私が弱かったから我愛羅に世愛羅の事を伝えられなかったの。…我愛羅から否定の言葉を浴びせられるのが怖かった。」

沙羅の話を聞く限り、我愛羅が一人の女性に対して其処までするのは好意があるのではないかとサクラは感じた。それに我愛羅は今までに何度か見合い話が上がっているにも関わらず一度も承諾していない。風影という立場上、世継ぎを迫られているにも関わらずだ。彼女の男性からのアプローチに気付かない鈍感さや自分を過小評価し他人に対し気を遣い過ぎる性格を踏まえれば愛の言葉も無い限り我愛羅の想いは汲み取れぬ事の想像は容易。

保護者からの暴力で精神的にも追い詰められ自分は価値の無いものであると思い込んでいる。虐待された者達にはよくあるケース。

(…沙羅にとって養父から受けた暴力は男性から愛される自信までも奪っているのね…。)

そして沙羅は以外に頑固な一面がある。おそらくその一面が今迄逆境に立たされた彼女を救ってきたのだ。だが彼女は一歩踏み出さなければならない。もう一人ではない。彼女には世愛羅がいる。彼の親としての責任を彼女は果たす義務があるのだ。
彼女を納得させるには彼女の意見を受け入れつつ、周りから固めていくことが妥当だ。


「…ねぇ沙羅、我愛羅君ときちんと話してないんでしょう?確かに沙羅の言う通り恋愛感情は我愛羅君には無いのかもしれない。だけど我愛羅君は親に愛されない孤独を知っている優しい人物だと思うわ。孤独を乗り越えて風影に迄上り詰めたのよ。…そんな人が自分の子供を無下にすると思う?…沙羅だって分かってるでしょう?」

確かにサクラの話す事も一理あると沙羅は思う。しかし仮に我愛羅に全てを打ち明けて受け入れられたと仮定し我愛羅と世愛羅の事柄はクリア出来たとしても、今思えば佐津間に歯向かう事は不可能に近い。当時は我愛羅と世愛羅の事しか考えが至らなかったが、鋳藻瓦や嫁いでいった姉様達にはまだ呪印が施されており沙羅が歯向かえば佐津間の怒りの矛先は彼らに向かうのだ。風の国から出国したくなくても佐津間の命令通り出国しなければなかった。あの時の選択は間違っていなかったと沙羅は感じていたのである。


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