榛色の瞳

□榛色の瞳 15
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火の国、木の葉の里。あ、うん、と記された門を朝日が照らす時、端麗な顔立ちの青年が其の門に辿り着く。

そして其の門に見知った人物が寄りかかっているのに気付き、青年は僅かに広角を上げた。

其の人物は深緑の瞳と金色の髪を持つ青年の肉親。詰まる所、姉である。

「…ひさしぶりたな。彼女の休みは昼からだからな。其れまで話でもしながら家でゆっくりしていくといい。」

「…ああ。色々と世話になる。」

青年、我愛羅は絶佳な榛色の瞳を持つ女性を想いを馳せつつ、姉であるテマリと共に其の門を潜った。






太陽が天の真上に差し掛かった正午。木の葉の病院の一角にある研究室。
其の研究室には、仕事を終え昨日迄齊砂山で息子と共に修行をしていた一人の女性が未だ残っており、そしてまた、一人の男が訪れていた。


「…決心は付いたか?」

挨拶もそこそこにそう口にしたシカマルは研究室のソファーに腰かけ、同じく向かいのソファーに座った沙羅の様子を伺う。


「…はい。」

そう一言溢す様に告げた沙羅にシカマルは疑問を重ねる。


「…で?どうするんだ?」


「…決めました。…もう誰からも逃げません。ですから奈良さん、我愛羅と話し合える場所を設けていただけないでしょうか?」


沙羅の決意の言葉がシカマルの鼓膜を震わせば、彼は安堵した様に一息吐き言葉を溢す。


「…安心したぜ。あんたがそっちを選んでくれて良かったよ。」


「…え?」


思わずそう口にし、驚愕の表情を浮かべた沙羅にシカマルは更に続ける。


「…考えてみろ。俺が本当に息子を砂にやりたくないんだったら先ず砂の忍であるあんたが逆らえない里長である我愛羅から事情を説明して迎えに来させると思わないか?」

その通りだ。と、沙羅は納得してしまう。
その方がシカマルにとって風影と数回コンタクトをとるだけで終息し、義弟の子供を産んだ女とその子供を守る必要もない。

「…俺はどっかの心配性な砂の姫さんに言われてあんたがどんな女か確かめたかっただけだ。あんたの事を言うつもりは無かったんだがばれちまってな…。弟の嫁になる女が自分の保身の為に真実から逃げる様な女じゃ嫌なんだとさ。…まぁ俺も同じ意見だがな。」

シカマルの言葉に一瞬放心した沙羅は言葉を紡ぐのに僅かばかりの時間を要す。

「…それじゃあ、全部演技で…最初きた時の威圧的な態度も…。」

「…ああ。恐い思いさせて悪かったな。あんたは養父からの虐待で男の威圧的な態度には弱いと踏んでいた。案の定、あんたは精神的にダメージを負い熟考せず、俺の口車に乗せられたって訳だ。」

やられた。本当に彼は何手先まで読んでいるんだろう。彼は何時も自分の想像の範疇の上を行く。だが、感心している場合ではない、と感じた沙羅は一度乱れた心を落ち着かせ口を開く。


「…待ってください。奈良さん。」

「…何だ?」

シカマルは漸く沙羅に張りつめた糸が切れた様な柔らかい表情を見せる。其の表情に幾分か緊張が解けた彼女は更に問う。

「…今、"弟の嫁"って言いませんでした?」

「そうだ。あんたは息子と一緒に砂隠れの里に戻り、我愛羅と暮らしてもらう。」


「…それは駄目です…!彼は私を好いていませんし、彼には世愛羅の存在を話すだけです!私が風の国に戻り万が一、任期中に隠し子がいるなんて明るみになれば風影である我愛羅は砂の民からの信頼が崩れてしまいます…!せめて、彼の任期中は木の葉にいさせてください…!」


沙羅は今回、世愛羅の存在を我愛羅に打ち明ける決意はしたが、我愛羅への民の支持を低下させない為に風影の任期が終了する迄は隠し子の存在を露呈させない様、木の葉にいるつもりだったのである。
その事から、さも当然と云う様に答えたシカマルに思わず立ち上がり反論する沙羅。
そんな彼女にシカマルはあからさまに溜め息を吐いたが、直ぐに口角を上げ口を開く。

「…沙羅、お前は我愛羅が好きでもない女を抱いた上、妊娠させちまうような無責任な男だと思ってんのか?…まぁ、俺の役目は終わったからな。後は当人同士仲良くやってくれ。」

シカマルの言葉を理解した瞬間、まさかと感じた沙羅が外の気配を探り彼女が一生忘れる筈がない気配を察したと同時、研究室の扉が開く。

「…我愛羅…。」

沙羅の口から息の様に入ってきた人物の名前が溢れた。彼が己の目の前にいる現実が理解出来ず幻ではないかと疑ってしまう。
その間に彼は沙羅との距離を詰め、彼女の目の前に立つ。


「…沙羅。…ずっと、ずっとお前に逢いたかった。」

そう口にした我愛羅は沙羅の頬に手を添える。その際、顎のラインに切り揃えた沙羅の髪が我愛羅の手を擽り彼の目尻を下げさせた。

「…髪、切ったんだな。短い髪も似合っている。」

そう柔らかい声色を唇から紡いだ我愛羅の手は相変わらず少し冷たい。何時も少し冷たい彼の手さえも砂隠れの里にいた頃から愛しくて仕方なかった。
其の冷たさに現実であると実感した沙羅は思わずあの頃の様に彼の手を温めるために自らの手を添えようとして自制し、溢れそうになる涙を零さぬ様に一息吐き緊張した面持ちで言葉を紡ぐ。



「…我愛羅、貴方に謝らなければならない事があるの。…私、我愛羅に黙って貴方の子供を産んで、一人でその子を育てていました。…今まで黙っていて、本当にごめんなさい。」

我愛羅と再会した時、沙羅は必ず口にしようと決心した言葉を震える声で紡いだが、更に目頭が熱くなるのを感じ其れ以上の言葉を彼女は紡げない。唇を噛み締め俯むこうとするが其の行為を我愛羅の手が阻み、視線を寄越す。


沙羅は其の視線に見覚えがあった。
まるで獲物を狙う猛禽類の様な視線。

風の国にいた頃に見た、己を求める時の視線だと感じた沙羅は我愛羅から視線が離せなくなる。


「…知っていた。最近、お前と縁のある木の葉の忍が来ていたからな。」

そんな視線を寄越した我愛羅の言葉に目を見開いた沙羅に彼は更に続ける。

「…沙羅、俺はこの五年間、お前をもう一度手に入れる為に努力してきた。…喩えこの先、何があろうとお前を手放すつもり等、毛頭無い。」

沙羅の榛色の瞳から湛えていた涙が零れる。

「…俺の息子を育ててくれてありがとう。」

そう続けた我愛羅は僅かに表情を緩ませ、沙羅の肩を抱き寄せ再び口を開く。




「…愛している。」






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