榛色の瞳

□榛色の瞳 6
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「…沙羅!…沙羅!」

「…我、愛羅。」

目を開けると心配そうな我愛羅の顔。そうか、昨日は我愛羅が訪ねて来てそのままベッドで―。


「…大丈夫か?魘されていた。」

ベッド上でお互い一糸纏わぬ姿で横になっていたが、沙羅が魘されていた事に気付いた我愛羅が沙羅の肩を掴んで揺り起こしたのだ。

「…ごめんね我愛羅。起こしちゃった?」

三度目の行為の後から記憶がない。私はまた意識を失っていた様だ。

「…構わない。…沙羅、どうしたんだ?」

我愛羅は沙羅の肩から頬に手を移動させて置き、優しく撫でる。
我愛羅の翡翠色の瞳に見詰められると、今まで誰にも言えなかった両親の話がするすると結び目を解いた糸の様に吐露された。






「…それでは、佐津間は…。」
「…うん。養父なの。父の兄で叔父にあたるから一応血縁関係はあるの。」

「…それでは何故、沙羅の体には呪印が無いんだ?」

お互いの身体は、関係を持つ様になってから細部迄把握している。従って、沙羅の身体に呪印が無いことを我愛羅は疑問に思ったのだろう。

「…お祖父様がね、消してくれたの。自分の命と引き換えに。だから、佐津間に恨まれるのも仕様がないの。…ごめんね、こんな話しちゃって。」

「…沙羅。」

沙羅の名前を呼んだ我愛羅は、沙羅の身体を抱き寄せ、優しく頭を撫でる。

「…聞いたのは俺だ。謝らなくていい。お前が辛い事があれば、何時でも話してくれ。」

どうして、我愛羅はこんなにも優しいのだろう。だが、その優しさが酷く痛い。まるで恋人に対する態度の様で沙羅は自分の立場が分からなくなる。

(…そんな態度をとるならどうして私を好きになってくれないの?もし彼が愛の言葉を囁いてくれたら、私はこの胸で好きなだけ泣けるのに…。)

ここまで思い至り、沙羅は我に返る。なんてエゴイズムな思考。最初は飲酒の誤りでも、それ以降を了承したのは自分ではないか。我愛羅と恋人になりたかったのなら、身体の関係で甘んじてはいけなかった。そもそも、他の男に嫁ぐ身であるのに愛して欲しいなんて烏滸がましい。

今、我愛羅に抱き締められていてよかったと思う。この今にも涙が零れ落ちそうな顔を見られていたらきっと困らせてしまうから。

「…ありがとう、話せて楽になったよ。」

我愛羅が優しいのは前からだ。体の関係を持ったからといって友人関係が破綻したわけではない。だから勘違いしてはいけないのだ。

「…お前が楽になったのなら其でいい。…今日はお前が寝るまでこのまま傍にいるからゆっくり休め。」

我愛羅の優しさに甘えては駄目だ。佐津間の決めた男と婚姻前に彼に体を飽きられた時、醜くすがってしまうかもしれない。

「…うん。ありがとう、我愛羅。」

「…おやすみ、沙羅。」


想いは通じなくとも、愛する人の胸で眠れる。

なんて幸せなのだろう。


…ああ。

このまま、一生目覚めなければいいのに。











シャワーの水音が耳に付く様になり、体が温まった沙羅はコックを閉じる。少し想い出に浸りすぎたと沙羅は自分を戒める。どんなに思い出そうが我愛羅に会える筈がないのだから、と。
風の噂で、見合いは大名の娘が我愛羅を袖にしたと聞いた。そして、それ以降の見合いは全て断っている、とも。余程、大名の娘が気に入ったのだろうか。もしくは見合いをきっぱり断れる程、大切に想える恋人が出来たか。
何れにせよもう会う事の無い自分とは関係の無い話だ。沙羅は自分にそう言い聞かせる。
我愛羅が自分以外の誰かに触れる想像をしてしまった際、痛む胸に気付かないふりをしながら。


再び寝室に戻ると、月明かりが天窓から覗く。

光に導かれる様に視線を窓の外に移すと、満月が夜空を支配していた。
満月は彼を思い出させる。
出会ったばかりの頃、満月の夜は眠れない、と、溢した彼を。

きっと、満月という空に浮かぶ月の形が無くならない限り、彼を忘れる時は来ないだろう。

そう漠然と感じた沙羅は、それってつまり永遠じゃない、と乾いた笑いと共に独り言ちた。





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