榛色の瞳

□榛色の瞳
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夜半、屋敷の人間が皆寝静まった頃、自室の窓ガラスがコン、コンとノックされる。私の部屋にこんな風に尋ねてくる人物は一人だけ。その音に促される様に窓を開ける。

窓から音もたてず部屋に踏みいった彼は、直ぐに沙羅を抱きしめる。

「…我愛羅。」

彼の名前を口にした彼女を、彼は一瞬屈みあっという間横抱きにすると直ぐにベッドへ降ろす。
そして覆い被さると其れが当然であるかのように我愛羅は自分の唇で彼女の唇を塞いだ。

捕食する猛禽類の様な鋭い視線に含まれる熱。それに絡め取られてこのまま全てを捧げてしまいそうだ。
そんな視線に羞恥を感じた沙羅は我愛羅から視線を逸らし、見慣れた部屋に視線を向けるが、互いの唇の間から洩れる艶かしい息遣いしか響かぬ部屋は、いつもの自室とはどこか違って見えた。

唇を離すと銀の糸が二人を繋ぎ、離れる。再び我愛羅と視線が交わる。彼が唇を親指の腹で拭う仕草は、酷く色香を放つ。沙羅はこの瞬間、自覚してしまうのだ。自らの本能が揺り動かされるのを。

「…お前が、欲しい。」
我愛羅のその言葉を引き金に自らの理性を手放した沙羅は、誘う様に我愛羅の頭に腕を回した。







我愛羅と出会ったのは、もう5年以上前になる。
正規部隊になるため本家を出た。
そして風影を選定する正規部隊で初めて出会った。養父に引き取られる迄は風の国の辺境におり、引き取られてからは屋敷から任務と修行以外で出た事が無かったからだ。
初めて我愛羅を見た時、あまりに正端な顔立ちに目を奪われた。
第一印象は美少年。
当時彼の事を恐れている人は多く正規部隊の中には彼に近寄りたがる人は居なかった。
唯、沙羅は違っていた。彼が修羅に身を窶した姿を目の当たりにした事が無かった為である。
共に任務をし、「…何故、お前は俺を恐れない?」と問われ、「怖くは無いですが、貴方は男性なのに綺麗なので驚いています。」と正直に返すと、我愛羅は虚を衝かれた表情を見せ僅かに破顔した。
その内、共に修行をする様になり互いに切磋琢磨していった。(だが我愛羅は手加減してくれていたと思う。)
目標を語らい、家族についても話合った。そしてプライベートでも会う程の友人関係に発展したのだ。
我愛羅が風影に決まった時、涙が零れた。我愛羅の努力が認められた―と。目標を語らった時から分かっていた。思想だけでも、養父の言いなりの人生や一族への偏見を無くしたい等、自分や一族の事に偏った目標を持つ私に対して、彼は里全体の事を考慮していた。

彼の方が風影に相応しい。
彼の思想や努力を知ったからこそそう思えた。彼は風影に就任し、どの一族に対しても公平に扱ってくれた。
そして私にも重要な任務を割り当ててくれた事で里の榛一族に対する偏見が無くなっていった。
そして友の誼みで護衛等にも起用してくれた。そうして彼と過ごす内に気づいてしまった。自分の我愛羅に対する想いに。

彼は聡明であるが恋愛に於いては酷く鈍感で、多くの女性から好意を抱かれているのに全く気が付かない。
だから沙羅が家に誘ってもまるで変わりない態度だった。
我愛羅は女性に対して淡泊なのだとそう思っていた。

だが半年前、我愛羅との関係を変える出来事が起こった。養父に嫁がせる為に本家に戻る様に言われたのだ。
我愛羅に恋心を抱いているのに他の男性に嫁ぎたくない。だが幼い頃から養父の命令は絶対であり、逆らえば折檻が待っている。そして国から追放され我愛羅とは二度と会えなくなるのだ。

その日は我愛羅と会う日だったにもかかわらず自然と酒に手がのびた。








そして、朝気が付くと彼が隣で寝ていた。それもお互い一糸纏わぬ姿で。
彼が朝居なくなった後、暫くすると記憶が所々思い出され、彼の情事の吐息、体温や自分から誘った事等が思い出され、羞恥で潰れてしまいそうだった。
だが、良く思えばこの出来事は神からの贈り物である様な気がした。女性への想いに鈍感で積極的でない彼と関係が持てたのだ。

養父が勝手に決めた男に嫁いで抱かれる前に。




それから、我愛羅が家に来る際は必ず体を重ねる様になった。
関係を持った当初は体中が痛くて仕方なかったが、慣れれば痛みではなく快楽を感じる様になった。
ただ、愛を囁かれた事は一度もない。

元々、我愛羅にとっては酒での間違いが発展した関係だ。期待する方がおかしい。
淡泊に見える彼でも性的な衝動は存在するらしく、週に二、三度訪れては肌を合わせる。それは本家に戻った今でも続いている。


きっとこの関係は彼が私に飽きない限り、私が嫁ぐまで続くのだ。







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